第23話 琴ちゃんと遊ぶ楽しい時間①
―7月26日(火)午後2時前—
「————————で、結局九条君とはキスしたの?」
「それが……、これ以上は遅くなるからって言われて、外でご飯を食べて送ってもらいました」
「へぇ。九条君、手が早そうなのに、キスもしないなんて意外やね。礼桜ちゃんのこと大切にしてるんやね〜」
ランチプレートが乗ったテーブル越しに、琴ちゃんはしみじみと呟いた後、優しく微笑んだ。
◇◇
今日は琴ちゃんとランチの約束をしていたので、夏期講習が終わった後、JR大阪駅構内にある「
谷町線で行くから大丈夫だと何度も言ったのに、結局九条さんが学校からJR大阪駅まで送ってくれた。
毎回思うが、九条さんは私に甘すぎる。彼氏というのは、こうも過保護というか、甘やかすのが定石なのだろうか。九条さんが初めての彼氏なのでよく分からないが、大切にされすぎのような気がする。
私は九条さんにしてもらってばかりで何も返せていないのに……。
それが不安となって襲ってくる。
九条さんのおかげで13時15分には待ち合わせ場所に着くことができた。
大阪メトロ谷町線は東梅田駅に停車するので、そこから
駅の南北および階下と階上を結び、まち全体の回遊性の中心(核)となる広場には、ガス灯をイメージした照明付きのマルチポールが並び、可動式の植栽プランターや「金時計・銀時計」のモニュメントが設置されている。金時計と銀時計は、広場の北と南に設置されており、鉄道の象徴である「時」を刻んでいる。広場の一角にはカフェもあり、巨大な屋根の下、開放感あふれるパノラマ空間が広がっている。
5階にある
美味しいお店でランチと思うだけで、どうしてこんなにも胸が弾むのだろう。わくわくが止まらない。
カフェの店内は、白を基調としており、温かみのある木の温もりを感じることができる空間が広がっていた。居心地がいいお洒落なカフェと言ったほうが伝わりやすいだろうか。午後1時を過ぎているにもかかわらず、たくさんの女性客がおしゃべりに花を咲かせながらランチやデザートを食べている。
「女性客で賑わっている=美味しい」と言っても過言ではないので、入った瞬間、間違いない!と思った。
◇◇
そして、冒頭に戻る。
「私、九条さんが初めての彼氏だから普通がよく分からなくて……、晴冬さんも琴ちゃんには甘い?」
「せやね。昔から私がワガママ言っても、晴冬は大抵のことは叶えてくれるかな。よりを戻してからは、前以上に気持ちを伝えてくれるし、とても大切にしてもらってる」
はにかんでる琴ちゃんは、誰が見ても可愛い。ああ、この顔を晴冬さんにも見せてあげたい。
とりあえず今度会ったとき琴ちゃんがめっちゃ可愛かったって自慢しよう。
でも、「知ってる」ってドヤ顔で返されたら、イラってするかも。そのときは、コーヒーの中に塩を足してあげよう。熱中症予防には塩分っていうし、
「晴冬さんは琴ちゃんのことが大好きですよね!!」
やばい、ニヤニヤが止まらない。
「いや、晴冬より九条君のほうが凄いからね。誰もが引くレベルだと思うよ」
「え?」
「「…………………………」」
お互い目を合わせ、しばし無言の
しまったという表情の琴ちゃんと、確実に顔が引きつっている私。
「あー、ごめん、言い方間違えたわ。礼桜ちゃん、誤解するようなこと言うてごめんね。
九条君も礼桜ちゃんのことが大好きだよねって話。誰が見ても分かるくらい礼桜ちゃんにベタ惚れだよねって言いたかったの」
……それってどうなんだろう。
「琴ちゃん、なんか全力でフォローしてない?」
「そんなことないよ!!」
両手を胸の前でブンブン振っているのが、なぜか気になる。
恋愛偏差値が低い私には、琴ちゃんの言いたいことがいまいちよく分からない。
九条さんは私のことが大好きだと言われて嬉しいけど、手放しで喜んではいけない気がする……。
「誰もが引くレベルって言ったのは、九条君が大好きオーラ全開で礼桜ちゃんにくっつきすぎだから、かな。
強力接着剤でも付けてるんかなって思うくらいくっついてるやん。それがドン引きレベルというか。あっ、言い方間違えた!
まぁ、それだけ礼桜ちゃんのことが大好きで大切ってことだから、礼桜ちゃんは気にせんと享受しとけばええんちゃう」
ところどころ本音が漏れてる。
「………………」
「腑に落ちひん?」
「でも、私はありったけの勇気をかき集めて言ったのに……」
「好きだから我慢したんじゃない?」
「好きだから?」
「そう。礼桜ちゃんのことが大好きだから大切にしたいんだと思うよ。礼桜ちゃんはまだ17歳の高校生で、九条君は今年21の大人で。大人になってからの4歳差なんて何の問題もないのに、相手が未成年の4歳差はそういうわけにはいかへんし。礼桜ちゃんのことが本気で好きだから、九条君は守りたいんだよ」
守りたい……。
「礼桜ちゃんの家にも挨拶に行ったんやろ?」
「はい」
「それだって礼桜ちゃんのことが本気で好きだから、大切だから、筋を通したかったんだと思うよ?」
「大切だから?」
「そりゃそうでしょ! 付き合ってすぐの彼女の家なんか、よう行かへんで」
「晴冬さんも琴ちゃんの家に挨拶に行ったんですか?」
「うん、来てくれたよ」
もともと晴冬さんと琴ちゃんは幼馴染みだから、親同士も顔見知りだったそうだ。晴冬さんも琴ちゃんの家によく遊びに行ってたので、琴ちゃんのご両親とも面識があって。だから、よりを戻した後、きちんと挨拶したいということで家に行ったそうだ。そこで、借金がなくなったこと、事件が無事に解決したこと、法律事務所に就職したことなどを話し、再度交際する許可をもらってくれたと琴ちゃんは教えてくれた。
「ありがとう。礼桜ちゃんのおかげだね」
「私は何もしてないよ!」
気になることを聞いてもいいだろうか。
「琴ちゃん、琴ちゃんと晴冬さんも将来結婚するの?」
「そうなればいいなって思ってる。でも、私、来月から1年間留学するの」
「えっ!? そうなんですか?」
「うん。向こうで1年間勉強してこようと思って」
「晴冬さんは知ってるんですか?」
「留学はよりを戻す前に決まってたから、告白されたときに話した」
「晴冬さんは何て?」
「俺の恋人として留学してほしいって言われた。俺も早く一人前になるように頑張るから、琴音も頑張れって。行く前に気持ちを伝えられてよかったって、すごく嬉しそうに笑うの。私は告白自体なかったことにされる覚悟もしてたんだけど……。晴冬にとって私の留学は別れの理由にはならないんだって分かったら、物理的に離れても今の私たちなら大丈夫だってなぜか強くそう思ったの。それで吹っ切れた! 私も晴冬のこと忘れられなかったから、晴冬の彼女として、向こうで晴冬に負けないくらい勉強頑張ろうって」
そういって笑う琴ちゃんは、将来に向かって進む輝きを全身に纏っていた。
「琴ちゃん、がんばってね」
「ありがとう」
「……でも、せっかく仲良くなれたのに寂しいな……」
「お盆過ぎに発つ予定だから、あと3週間いっぱい遊ぼうね! 九条君から奪うつもりで誘うから」
「はい!」
二人で笑い合い、楽しい時間が過ぎていく。
可愛くて、魅力的で、すごく格好いい琴ちゃんは、私の憧れとなった。
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