第3章

カテリーナとのわだかまり




 昨夜、王が訪れてからカテリーナは無言だ。意識は感じるので、心を閉ざしているわけではないのだろう。


(おはよう、カテリーナ)


 ……返事がない。


(ええい、拗ねてる場合じゃないでしょ)


 ……


 ……返事がない。

 

 ベッドの上で上半身を起こすと、扉をノックする音が聞こえた。

 ということは、王ではない……。

 それが少し残念で、その上、カテリーナに対する裏切りのようにも感じる。こんな気持ちになる自分の感情が重い。


 ああ、もう!

 永棠コハル、このウジウジした感情はカグヤの性格に影響されてるの? ミイラ取りがミイラになるって笑えないから。


「入って」


 声をかけると、マルキュスが侍女を従えてきた。

 侍女は慣れた様子で大窓のカーテンを開く。まぶしい朝の光が部屋に差し込み、ロウソクの淡い光では見えなかった豪華な部屋が出現した。

 壁には細かく意匠を凝らした紋様が彫られ、床はマーブル柄のタイルで赤いペルシャ絨毯が敷かれている。


 くぅううう、贅沢だ。

 これほどの贅沢な部屋を味わったことはない。

 たとえ、社長の出張につきあって、超一流のホテルに宿泊してもスィートの隣り部屋、狭いコネクティングルームがやっとだ。


 今はわたしが社長なのだ。

 そして、わたしの代わりにマルキュスが控えている。


「ご朝食はベッドに運びましょうか」

「王さまは?」

「早朝にお出かけになりました」


 返事をしなかったのは、残念と思った自分を隠したかったからだ。


「ベッドに運んで」

「かしこまりましてございます」


(ねぇ、ねぇ、カテリーナ。お〜い、カテリーナちゃ〜ん)


 ──あ、あの……コハルさん。わたくし、わたくし。


(やっと、口を開いたかい)


 ──昨夜のことですが、あの鳥に、ずいぶんとドキドキなさっていらしたから。わたくしとの約束、お忘れなんですね。こんなわたくしですから、落胆なさったのでしょうけど。でも、あの鳥のことを。


 おや、珍しい。

 カテリーナが自分の意見を言っている。


(あのね、カテリーナ。お互いにプライバシーって必要よ。個人的な場所というか、誰でも干渉されたくない微妙なことって。フィヨルと一緒の時に、どうなのって聞かれたいと思う)


 ──あっ、あっ、ご、ご、ごめんなさい。でも、ゲスな鳥と、フィヨルさまを比べるなどできなくて。


(でも、川から救ってくれたのは彼よ)


 ──で、でも。わたくしなんか、あの時に溺れていれば。


(もう、忘れているわね。「ごめんなさい」、それから、「わたくしなんか」、この二つは禁止用語よ。意味もなく二度と使わないで、いい? 今度、言ったら裸になって廊下を走るわよ)


 ──ま、まさか。


(ふん、わたしの身体じゃないし、それに綺麗だから見せびらかしてもいいじゃない。とくにフィヨルの前でね)


 ──言いません。もう決して言いません。



 食事が終わると、再びマルキュスが入ってきた。


「お着替えをさせていただきます」


 マルキュスがパンパンと手を叩くと、侍女たちが現れた。

 侍女たちが、クローゼットルームに案内してくれる。

 そのクローゼットルームさえも、1LDK38平米のわたしの部屋より広く見える。


「贅沢というか。なんだかムカついてきたわ」

「王妃さま、お気入りのドレスがございませんでしょうか?」

「王妃でも、カテリーナでもなく。今後はわたしのことをコハルと呼びなさい」

「コハル……、さま?」

「そうよ、覚えて、コハルよ」

「はい、コハルさま」

「さあ、着替えるわよ」

「かしこまりましてございます」


 全身がうつる大型の鏡が前面にあり、その左右には美しいドレスが吊るされている。


(カテリーナ、こんなにドレスを持って嫁に来たの?)


 ──わたくし、この大陸に漂着したんです。公女とはいえ、それほどの衣装を持ってこれませんでした。宝石の類は持っておりますが、衣装など数点だけですの。


(じゃ、これは?)


 ──この国が手配してくれたものです。


 靴から、ドレス、華麗な宝石類。

 うっわ、このダイヤモンドが連なったネックレス。目が潰れそうなほど光輝いているんだけど。

 贅沢っていいものね。


(ねぇ、カテリーナ。ちょっと相談したいことがあるんだけど)


 ──致しません。





  (つづく)

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