カテリーナの愛する男



 あちらを立てればこちらが立たない。物事は両立しがたいものなのだ。

 前方にカテリーナ、後方にマルキュス。

 今こそ、わたしの座右の銘が活躍する場面。

『道は全方向に開いている。わたしに解決できない厄介事はない!』


 ──お、お姉さま。フィヨルです。彼です。


 ええい、ままよ!

 わたしは両手を高く上げると、大声で叫んだ。


「きゃーーー!」

「コ、コハルさま、いったい、どうなさったのですか」


 慌てたマルキュスがわたしを止めようとした。ハーレムから出て外にいるなど、マルキュスは公にしたくないだろう。

 ごめんね、マルキュス。

 わたしだって、こんなことをしたくはなかった。

 でも、心のなかで熱くなったカテリーナが発狂しそうな声で、フィヨルと呼んでいる。


「きゃああ、あなたじゃない。どうして、ここに? 会いたかったぁ」


 ──お、お姉さま、いったい何を!


 マルキュス同様にカテリーナもあわてている。


 そんな二人を横目に、わたしはフィヨルに走りよると、両手を握った。いやあ、眼福。この子、ほんと可愛いというか、儚げというか、もろ好みの年下、子犬系イケメン青年。

 世界が違えば、まちがいなくアイドルグループのセンターを張れただろう。


「同郷の人に、こんな場所で会えるなんて、ほんと偶然。お父さまは? 国のみんなは元気?」

「え、ええ、あの、カテリーナさま」


 わたしは再会を喜ぶあまり、興奮して抱きつくかのように、彼の耳もとでささやいた。


「……わたしに、うまく合わせて。偶然に出会った、同郷の人よ」


 マルキュスがこちらを唖然として見ている。


「マルキュス、こちらに来て」

「カテリーナさま、どうか悪目立ちなさいませんように、人目があります。かってに外出したことが知られますと大事になります」

「ああ、ごめんなさい、マルキュス。この子ね」


 思わず、この子と言ってしまったが、カテリーナより少し年上だったはずだ。しかし、わたしの目には、例えて言えばデビューしたての若くてかわいいアイドルのような青年だ。


 まだ少年のあどけなさが残る顔は儚げで美しく、とくに耳から頬のラインは完璧だ。

 カテリーナと同様、惹き込まれそうな青く透き通った瞳をしており、ふたりが並んだ姿は、地面に落ちた黒い影でさえ絵になっている。


「この子、オーランザンド王国の騎士なのよ。祝典に来てて、まだ、こちらに残っていたの。とっても嬉しいわ。お土産とか買いにきたんでしょ? ちがう?」

「は、はい、カテリーナさま」


 彼の声が震えている。


「まったく、マルキュス。えっと、あなたの名前。誰だっけ? すぐ忘れちゃって」

「フィヨルです、フィヨル・ジェラルドです」

「ジェラルドさんね。紹介するは、彼はマルキュス、わたくしの家令よ。オーランザンドに戻ったら、家令や侍女までいるのって、お父さまに伝えてね。きっと喜ぶわ。それからね……」

「カテリーナさま、こんな門前でお話しなさるのは、あまりにも無防備にございます」

「そっか、マルキュス。じゃあ、戻るから、彼を部屋まで案内して」

「そ、それは」

「マルキュス、あなたならできるでしょ。今の事態、少しでも味方が必要よ。やることが多すぎる。わかるわね? 食料確保に城壁の防御方法から、多くの民の協力が必要な時でしょ」

「カ、カテリーナさま、ここで、そのことは」


 わたしはニッと笑うと、「儀礼より命よ。ここからは、それが一番に大事なことよ。ジェラルド家はオーランザンドでも有能な家柄なのよ。そうでしょ? ジェラルドさん」

「そうです」

「ほら」


 何がなのか。この際、どうでもよかった。

 とりあえず、カテリーナとマルキュスふたりを納得させるしかない。多少は強引だが、物事は勢いってものがある。


「それに、彼、わたしの従兄弟なの」

「え? コハルさま。先ほどはお名前さえ忘れていらしたのにですか?」

「マルキュス、そんなことは些細なことよ。さ、行くわよ。ふたりともついてらっしゃい」

「し、しかし」

「マルキュス、踊るわよ」

「え?」

「牢で踊っていたわたしのこと、知っているわよね」

「あ、あ、ええ、まあ」

「ここで踊ってあげようか」

「参りましょう。さ、騎士さまも、どうぞ」

「それでこそ、マルキュス。わたしの側近! 信頼関係よ」


 ふん、何事も勢いね。


 ──お姉さま、ありがとう。


(そこで泣かないで。わたしの目が潤んじゃ、今はまずいわよ)


 ──泣きません。


 勢いでフィヨルを城内に入れてしまったが、しかし、ふたりきりにはなれないだろう。どうしたらいいのだ。

 いっそ、悪鬼対応の仲間にしてしまおうか。


 人生とは選択の連続だと、誰かが言っていた。この選択が正しいかどうかわからないが、ただ、カテリーナにとっては正解だろう。



(つづく)

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