王宮のドロドロ闘争と事件
権力闘争に勧善懲悪など存在しない。
こちらが善なら、あちらは悪。逆から見れば、あちらにとって善は、こちらには悪。けっして交わることがないのだから、なんて斜に構えている場合じゃないけれど。
正義の反対語は正義だ。
これは正義vs正義の戦いで、勝つか負けるかの選択肢しかない。
王の妃であるオーブリーが刺されたのは、そんな正義と正義のぶつかり合いから起きた結果だ。わたしにとって、はた迷惑この上ないのは、周囲の者が思っているほど、カテリーナは王に関心がないことだ。
猛禽王のハーレムにいる女が何人なのか知らないのは、カテリーナが王に興味なく、その情報を調べる気持ちもないからだ。彼女にはどうでもいい事なのだ。
嫉妬が犯行動機だとすれば、カテリーナほど犯人像から遠い容疑者はいない。彼女は残虐という噂の猛禽王を恐れているだけで、愛情など欠片もない。
一方で、わたしは諦め気分でこう思っている。
まったく容赦なく、やってくれるじゃないか天界にいる神々たち。
容疑者になるのは天神カグヤの『天命』だろう。カテリーナの不幸人生ってことだ。
「ちょっと、まだ話が終わってないわよ! どこへ逃げるの!」
ウーデン侯爵夫人が衛兵に囲まれながら、まだ背後から叫んでいる。足早に歩きながら、マルキュスに声をかけた。
「マルキュス、今、わかっている状況を手短に教えて」
「今朝ですが、侍女が朝のお支度に部屋に入ったとき、ベッドで血まみれになったオーブリーさまを発見したそうです。意識はなく、すぐに衛兵に助けを求めたようですが」
「衛兵に? まず医者を呼ぶのではなくて?」
「さようにございます」
「その侍女は、どこ?」
「衛兵によって、連れていかれました」
「話せないのね?」
「コハルさま。何をお考えですか? その、あなたさまは容疑者であって、犯人を探す立場にはございません」
「そうかしら?」
「そうです」
マルキュスは石頭で融通もきかない。
彼に文句を言いながら、オーブリーの部屋に入ろうとすると、大柄な男がわたしの前に立ちはだかった。
「あなたは?」
「ここを警護する者です。かってに立ち入られては困ります」
彼の言葉を無視して、部屋のなかをのぞきこんだ。わたしの部屋とほぼ同じ造りのようで、正面にベッドが見える。
医官や侍女たちに囲まれオーブリーが横になっていた。
意識がない?
「彼女が発見されたという場所はベッドの上ってまちがいないの?」
わたしを止めた衛士はキョトンとした顔つきをしている。
「侍女が発見したときに、他に人はいなかったの?」
「わたくしが一緒におりました」
空気のように存在の薄そうな年配の女性が扉の前に進みでてきた。
「寝台の上で血まみれだったのね」
「さようにございます」
「シーツを変えたの?」
「いえ、それは。医官さまが動かしては傷に触ると申されましたので」
「ちょっと」と、衛士を呼び、顔の前でバチンと大きな音を立てて手を叩いた。
驚いた衛士の隙をつき、その腕をかいくぐり、部屋に入り込んだ。
オーブリーは静かに寝ている。
ご丁寧に化粧も完璧で、まるで眠り姫のように美しい。
「マルキュス、衛士をなんとか抑えておいて」
「カテリーナさま、それは」
「医官は誰? 彼女、寝ているの。眠り薬でも与えたの?」
「いえ、そうではございません」
声がする方を振り返ると、黒っぽいフロックコートを着た男と視線があった。確か、医師の白衣が一般的になったのは現代で一世紀もない。中世の頃は黒いフロックコートが一般的だったと読んだことがあるから、たぶん、この男が医官なのだろう。
「あなたが医官ね。どんな薬を与えたの」
「あ、はい、痛み止めのお薬と、傷口を消毒しました」
奇妙だ。わたしも怪我をして病院で治療を受けたことがあるが、しかし、このように穏やかな表情で寝ることはできない。
血まみれになるほど流血するような傷なら、痛みで、うんうん唸っていても不思議はない。
寝台を振り返り、シーツを思いっきり剥いだ。
「な、何をするの!」
オーブリーが慌てて起き上がった。やはり、たぬき寝入りだ。そして、痛そうに顔を歪める。
「どこを刺されたの」
「え?」
「どこを刺されたのか聞いてるのよ。シーツを変えてもいないのに、血まみれって、どこに血があるの」
「こ、ここよ」
確かに、シーツに血はついていた。
しかし、それは三十センチほどのシミで、このくらいで大量なんて笑わせる。すでに乾いているし、その上、包帯を巻いているのは、左腕だ。
「この女よ! この女に刺されたの!」
オーブリーが叫ぶ声に呼応するように、厳しい顔つきの大柄な男が、どかどかとブーツ音も高く入ってきた。
「カテリーナさま」
「誰?」
「近衛隊隊長のグイドです。あなたさまを拘束するように命じられております」
「誰が、そんな命令をしたの」
「王さまが外出中は、宰相殿が代理をなさっています。あなたさまを拘束する命令が降りました」
近くにいたマルキュスの顔を見ると、ほら、言わんこっちゃないという、今朝から何度目かという表情を浮かべている。
わたしを逃そうとしたのは、この状況を避けるためだったのだろう。
(第二部第1章完結:つづく)
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