後宮アルアル、嫉妬と愛情のドロドロ展開
──お姉さま、牢獄はまだ我慢ができました。いえ、むしろお姉さまのおかげで楽しかったです。でも、あの王と寝室を共にするなんて、天地が裂けても無理です。死にます。
(まったく、すぐ死ぬことを考えないの。わたしの座右の名をあなたにあげる。『道は全方向に開いている。わたしに解決できない厄介事はない』)
──は……、はい。
(じゃ、ヤツの私室に行くわよ)
──なんだか、気のせいでしょうか。お姉さま、嬉しそうですけど。
(完全に、それは気のせいよ)
湯船につかって、すっきりすると気分も上向いた。
怪我をした足首は痛んだが、湯は快適で、着替えが終わったころ、マルキュスが迎えに来た。
「今日は、このまま自室にいようかな」
「ご無理を言わないでください、コハルさま」
「そうね、わたしも王と話したいことがあるわ」
中庭を囲うように作られたハーレムの入り口近くに王の私室がある。部屋に近づくと、興奮した女の声が聞こえてきた。
「マルキュス。取り込み中みたいよ、ちょっと待ったほうがいいわ。面白いものが見れそう」
「コハルさま、王さまに怒られます」
「真面目なのね」
話の途中で、扉がバタンと乱暴に開いた。
オーブリーが怒り狂った様子で、足早に出てきたので、わたしは思わず、開いた扉の影に隠れた。
「マルキュス、そこで何をしているの」
「王さまの命で、カテリーナ妃をご案内するところです」
まったく、このバカ正直ものが!
こんな状況で告げれば最悪の事態になる。揉め事の当事者になる気はないのだけど。
しかし、オーブリーはやる気満々だ。
「あのクソ女は、どこよ!」
「そのような女性はおりません」と、マルキュスが冷静に応じている。
「あの、女よ、マルキュス。名前も言いたくないわ」
「わたしの存じ上げている方でしょうか」
マルキュス、あんたも大概に嫌味な男だな。
「そうよ、今、あなたが面倒を見ている、ハーレムの新人よ」
「それなら、こちらに」
チッ、マルキュス。真面目で融通がきかない。
仕方ない。
扉の影から出ると、オーブリは憎々しげな目つきで、にらみつけてくる。
ほら、いわんこっちゃない、マルキュス。
──お、お姉さま、怖い。
(カテリーナ、怯える必要なんてないわ。でも、オーブリーとあなたの性格を二つにして一つに割ると、ちょうどよくなるのかも)
「こんな貧相な女がなんの用よ! とっとと自室に戻ったら。あなたっ、川で自作自演の自殺を演じて、王さまの快心を買おうなんて、そもそもこ狡賢い女よね! なぜ、まだ、おめおめと生きてるのよ」
彼女は王に夢中なのだ。嫉妬ほど面倒なヤツはない。それにしても、とげとげしい声で罵られたカテリーナが震えている。
(カテリーナ、あんたが言い返しなさい)
──で、できません。この方の言うとおりなんです。わ、わたくしなんて……。
(また、出た。わたくしなんては禁止用語でしょ。いいわ、怒ることができるまで、わたしが挑発するわよ)
──お、お姉さま、やめて!
「わたしが生きてる理由は、王に助けられたからじゃない。まさか、ブローズグフレイの高名なる猛禽王を批判しているの?」
「えっ! この女、生意気ね」
「あはは、わたしが王に愛されているから怒っているのね。あんたみたいなブスじゃ無理ね」
「こ、このメス!」
(カテリーナ、さあ、わたしに代わって怒りなさい)
──ど、どうやって。
(黙りなさい! 一言よ。強く、腹に力を入れて、三白眼で、するどく叫ぶの! やりなさい)
──こ、こわい……、です。
(怖くない! わたしがついてるわ。いいたいことを言って怒鳴れば、すっきりするわよ。こういう理不尽な女に負けてはだめ。言えなければ、次にあなたのフィヨルに会ったとき、大っ嫌いと叫ぶわよ)
カテリーナは息を吸い込むと、腹に力を込めた。
「黙りなさい!」
つかみかからんばかりの態度で近寄ってきたオーブリーが、まさに爪を立てようとした瞬間、彼女は叫んだ。
多少、声が裏返ったが脂汗をかきながらも、もう一度、「黙らないと、殺すわよ!」と叫んだ。
あ、それ、言い過ぎだけど。初心者マークだから仕方ない。
(勇気を振り絞ったわね、カテリーナ。あとは任せて)
「なにをしているのだ」
王が扉から出てきた。その姿を見て、オーブリーが固まった。
「お、王さま、クリストフ。こ、この女が」
「オーブリー、怪我をしたのであろう。もう部屋に戻って寝たほうがよかろう」
「この女です。この女に刺されたんです。クリストフ、聞いたでしょ、殺すって。おとなしそうな顔をして、こういう女よ」
王は冷たい視線で、わたしを見た。
──お、お姉さま。
(よくやったわ。はじめての喧嘩にしては、上出来よ)
──でも、王さまに誤解されてしまった。
(バカね、この男、それほど愚かじゃないわよ)
わたしはカテリーナと変わり、興奮するオーブリーの左腕をつかみ、傷を手当てした包帯を外した。
オーブリーにとって予想外の行動だったのだろう。わたしの動きに彼女はふいをつかれ、かたまっている。
「な、なにをするの……」
「わたしが、ここを刺したのね。何の武器で」
「何って、短刀でよ」
「どうやって」
「え?」
「どうやって刺したのか、具体的に聞いているのよ」
オーブリーのような女は、こちらが強気に出ると脆いところがある。
「どうやって……、あんたが刺したからじゃない!」
「刺されたときの状況を聞いているのよ。前から、それとも後から」
「前からよ」
「短刀をわたしはどっちの手で持っていたの」
「え?」
「どっちの手で持っていた」
「りょ、両手よ」
「王さま、短めの短刀を貸してちょうだい」
「マルキュス、そなたの護身用の短刀を妃に貸せ」
マルキュスがブーツから外した短刀を受け取り、わたしは両手で持った。
「こう両手でもって、わたしは、どっから襲ってきたわけ」
「前からに決まってるじゃない」
「前から襲って、まっすぐなの、それとも、上からこうした?」
「まっすぐよ」
包帯を外した彼女の腕の傷は上腕部を斜め上から下へ、後から前へと切られている。つまり、上から下へと傷が流れているのだ。
これは、あきらかに犯人が前から向かって刺した傷ではない。
この傷を前から与えるには、たとえば、長刀で腕を袈裟斬りしなければならない傷だ。
「自作自演ね」
「え?」と、オーブリーは狼狽えた。
(つづく)
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