牢獄で踊って得た情報
パンパンパンッ!
「さあ、踊るよ! 手拍子よ、みんな叩いて! アニータ、サルタ。さあ、手拍子! 王の妃の踊りだよ! 見ものだよ!」
パンパンパンッ!
「そうそうそう、パンパンパンッ! そこ、リズムがいいよ。そう、あんた、パンパンパン」
「ねえちゃ〜ん。俺たちもか」
隣接する男牢から声が聞こえた。
「ああ、手を叩け! のってくよぉ〜〜」
ええい、ままよ!
ここで、オタ芸を披露するとは自分でも思っていなかった。
「ほら、そっちも、パンパンパンッ! このリズムで、両手で叩く、元気よく! パンパンパンッ、パン! サボらない。そりゃ、パンパンパンッ、パン!」
ぼそぼそと手を叩きはじめた観衆を前に、わたしは両足を大きく開き、低く腰をおとした。頭を腰の位置まで下げ、その上で両手を狂ったように振り回す。
「やああ〜〜〜、ここで叩く! パパパ、パパッパ、パン! ヤーーレン、ソーラン、ソーラン、やあ、どっこしょ、どっこいしょぉお!」
足首の鎖がジャラジャラと音を立てても気にせずに、声を限りにソーラン節をがなった。ノリノリになれる歌をあまり知らない。結果、選んだのがソーラン節だ。
「ああ〜〜〜、ヤレン、ソーラン、ソーラン。はああ、どっこしょ、どっこしょおぅ!」
左右の女たちは唖然としてわたしを眺めている。貴族のお嬢さまが発狂したと思っているにちがいない。
「ほら! そこ、黙ってないで、手拍子! はいはいはいはいはいッ!」
みな、まごまごしながら、手を叩いている。
「そうよ、行くわよ! ヤ〜〜アアアアアア〜レン、ソーラン、ソーラン、はい、はい!」
「は、はい」
「ソーラン、ソーラン! ほら、ここで手拍子。歌って! ソーラン、ソーラン」
「ソーラン、ソ、ソーラン」
「おお、いいわよ。頭ふって! ヤァ〜〜〜〜〜レン、ソーランソーラン! やあっ、どっこいしょ、どっこいしょおぅ」
腹から声をだし、叫ぶように歌っていると、近くの者たちも見よう見まねで踊りはじめた。
「さあ、そこで、魚を釣るよ! ヤァ〜〜〜〜〜、ニシン来たかと、カモメに問えばあ〜〜、そうそう、腰落として、右に大きく腕を引く、次に左! 魚を釣るよ! ソーランソーラン、やっやっやぁ!」
いつの間にか、牢内の囚人たちは声をあわせて踊っていた。
祭りで踊ったソーラン節とオタ芸が役に立った。牢内はひとつになり、ソーラン節が響きわたっている。
やはり、ソーラン節は世界を救う!
踊っている自分さえも感動しそうだ。
「ヤァ〜〜〜〜〜、ニシン来たかと、カモメに問えばあ〜〜、わたしゃ、たつ鳥、エエ〜〜〜、波に聞け! はあ、どっこいしょ、どっこいしょ! ソーラン、ソーラン。繰り返してぇ!」
「ソーラン、ソーラン」
「いいよ、いいよ。アニータ、ソーランソーラン」
「ソーラン、ソーラン」
どのくらい、時が過ぎただろうか。
みな大汗をかき、踊り疲れて床にへたばった。もう牢の腐臭なんて考える余裕もなく、踊り疲れてしまった。
「ハア、ハアハア。あんた、ほんと姫さんかい。面白い女だなぁ」
「これでもレッキとした王の妃よ。誰かに陥れられたんだ。ハアハア……、ねぇ、王宮で働いてたなら、この城のことは詳しいでしょ」
アニータが素の顔で笑っている。言葉遣いは酷いが、どことなく品があるのは、わりといい家の娘だったからかもしれない。
「王族や貴族社会は、あたいたちを下等動物だと思っているからね。あたいらの前じゃあ、かってに本音をもらしているよ」
「アニータは以前、王付きの侍女だったからね。それがさあ、あんた。なんでこんなとこにいると思う?」
「黙るんだよ、サルタ」
「ブローズグフレイ王に惚れちゃってさ。王の下ばきを盗んではコレクションしてたのを見つかったんだよ」
サルタは大笑いして、つかみかかってきたアニータを避けた。
「へええ、じゃあ、いろいろ知ってるのね。教えて」
「何をさ」
「王について。『血まみれ王』とか『残虐王』とか、恐ろしいイメージしかないけど」
あははと二人は声をあげて笑った。
「バカだよ。あんた、そんな噂を信じてるのかい。あれは対外的に流している噂だよ。城のもんは誰もが知ってるけど、王のために、その噂を否定していない。故意に流された噂だからよ。実際の王は、そんな方じゃない」
「なぜ?」
「みな、王さまを守りたいからさ」
「意味がわからないけど」
クリストフ王は何度も殺されかけたという。
隣国とか敵国ではない。
王室関係者からだ。そもそも、前王が早くに亡くなったのが発端だった。時の王に男子がなく、王弟の息子であった彼が地位を引き継いだのだが、そのために、血で血を洗う内戦となった。
兄弟姉妹、叔父叔母など親族間での熾烈な王位継承争いの結果、勝利したのがクリストフ王だった。
「それが嫌なら、王位を目指さなきゃいいじゃない」
「バカだね、あんた。王位継承権を持つ者が王位につかない場合、死ぬってことだよ。背後につく幕臣たちだって、黙っちゃいない」
王位継承しなければ、結果は死あるのみ。だからこそ、命をかけた血みどろの戦いになるという。
「じゃあ、オーブリー・ウーデンって妃を知っている」
「ああ、あのイケすかない女かい。高官の娘だからって、やたら威張りくさってさ。王にゾッコンの嫉妬深い女だよ」
「彼女が刺されて、その犯人がわたしだって言い張ったのよ」
「おおう? 刺したのかい。よく、やったよ」
「ちょ、ちょ、ちょっと誤解しないで、ぬれ衣なのよ。刺してないわ。誰がわたしを陥れたかわかる?」
「そりゃ、考えるまでもない。あの女に決まっている。オーブリーって怖い女さね。これまでも王が少しでも興味を持った女に容赦なかったんだよ。あんたもエラい相手に目を付けられたもんだ」
「過去にもあるの」
アニータはニッと笑って肯定した。
「王のハーレムに住む妃たちで残っているのは、あんた以外には宰相の娘のダグマ・ダスティン妃くらいだ。彼女は王の異母姉とダスティン宰相の娘でさ。異母姉と王はとことん仲が悪い。その和解策として娘が王の妃になったけど夫婦仲は最初から冷えきっている」
「でも、地位的にはオーブリーの一番の敵じゃない」
「そこが面白いところでさ。オーブリーは恋する王しか目に入らない。ダグマ姫は、お飾りの妻だ。王とは互いに目も合わさない冷たい関係さね。隙あらば互いに寝首をかこうって夫婦だよ。だから、そういう意味でオーブリーの敵じゃないんだよ。残り、ふたりの妃は老婆でさ……、というかさ」
彼女はここで声をひそめた。
「なぜ、若い女があんた一人しか残っていないと思うかい。そりゃ、血まみれ王は恐れられ評判も悪いと思われている。けどさ、ハーレムに女がいないのは、王とは別の理由さ。な、アニータ」
「そうそう、血まみれオーブリーってのが、正しいさ」
ハーレムにいる妃は、わたしを含めて五人だが、ふたりは老婆で、他国が王の母親や祖母を送ってきたらしい。彼女たちもハーレムで生活しており、一応は妻という名目の人質だ。
若くて美しいオーブリーは王の女として唯一の存在だった。
「あんたさ、気をつけたほうがいい。命あってこそだよ」
「アニータ、なぜ王が好きなの?」
「あの魅力には抗える女なんていないさ」
女たちと打ち解けるのに、一昼夜もかからなかった。
──あの絶望的な投獄から、お姉さま。みな仲間のようになって、なんだか敬服します。それに、牢獄の人たちも、こんな状態なのに悲観もしないで生きているのですね。わたしは、これまで本当に甘くわがままだったのですね。
カテリーナの静かな声が聞こえてきた。
(つづく)
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