第2章

牢獄での娼婦たちに嬲られて




 落ち着こう、まず、落ち着こう。

 落ち着くしかない。


 この状態。

 驚きを通り越して、心がついていかないから。問答無用で王宮の地下牢に入れられたのだ。


 さらに足首の痛みも耐え難い。

 左足首には鉄球につながれた鎖が、逃亡防止と嫌がらせのために付けられている。

 拘束された左足首は秒で皮膚に擦れ傷ができ、血がにじみ、歩けばジャラジャラと音がする。

 ペットを鎖で拘束するなんてことをしたら、虐待だって騒がれる、あの別世界の平和だったことよ。

 今は、ペット以下の扱いだ。

 白い粗末な囚人服を着せられたカテリーナの姿は、可憐なだけに、きっと哀れを誘うことだろう。


 オォー、マイガァーッ!


「出しなさい! わたしを出しなさい!」


 鉄格子をつかんで叫ぶと、後頭部にカツンと物をぶつけられた。振り返ると頭にあたったフチの欠けたカップが、そのまま藁の上でカラカラッと転がっている。

 そのわびしさには涙が浮かぶ。


「うっせいよ、姫さまよぉ」

「だって、ぬれ衣で投獄されたのよ、黙ってられる?」

「あのな、そんなこたぁ、関係ないんだよ。あんたが、やらかしたんだろ。な、アニータ。姫がぬれ衣って言うなら、あたしら皆ぬれ衣さ、なぁ」

「なに言ってんだよ、サルタ。あんたの手ぐせの悪さは城じゃあ、有名さ」

「お貴族さまの旦那と寝まくるあんたもな、アニータ」


 ふたりの薄汚れた女たちが、お互いに罵りあって渇いた笑い声をあげた。


 彼女たちは半裸のような姿で、とくにアニータと呼ばれた女の上半身は裸に近い。


 彼女は牢番の男がくると、胸をはだけ尻をふって媚びをうる。それで食べ物や待遇を少しでも上向きにしようとしているようだ。



 鉄格子に囲まれたプライバシーのない牢獄は、王宮で罪を犯した者が放り込まれる究極の場所だ。牢が二箇所なのは男女が別れているからで、それぞれ十人ほどの囚人がいる。

 

 藁を敷かれた床は、排泄物を壺に入れているだけの垂れ流し状態だから、まず臭いがひどかった。

 子どもの頃、田舎の肥溜めを見たことがあるが、屋内だけに強烈に匂う状況だ。


 仮にも一国の王女であり、妃であるわたしが、さしたる捜査もされずに最下層の待遇なんて。


 これがカグヤ罰人生の運命なのか。


 ──お、お姉さま、怖い。


 ここで、わたしが負けたらカグヤの罰転生は終わらない。がんばらねば、耐えなければ。


 ──わ、わたくし、このまま殺されるんでしょうか。


(カテリーナ、物事を最悪方向に考える、見事なまでのメンヘラ思考をやめなさい。今は、そんな時じゃない。大変な時ほど冷静になるのよ。泣いても逃げても解決なんかしないから)


「あんた、何、ぶつぶつ言ってるの」


 こすっからい顔に薄笑いが浮べた半裸の女が声をかけてきた。


「あなたのお名前は?」

「へ? サルタ、聞いた? このお嬢さん、ここまで落ちてきて、お名前は、なんて上品ぶって聞いとるわ」

「アニータ、ほっときなよ」


 アニータと呼ばれた女は、しゃがれ声で笑うと、左足首についた鎖をジャラジャラと音をさせながら近づいて来た。


「ほら、見なよ。この新入りの肌。ぴかぴかだよ。触ってもいいかい」


 アニータは承諾する前に黒く汚れた手で、ふくらはぎに触れたので、カテリーナがぞっとして縮こまるのを感じた。


 ──お、お姉さま。わ、わたくし、わたくし耐えられません。どうして、どうして、こんなことに。


(カテリーナ。嘆いている場合じゃないときがあるの。緊急事態で泣いても、嘆いても、なんもならないわ。ちょっと黙って、わたしを見てなさい! こんな女たち、海賊船の盗賊と同じよ。ただ、この鼻がひん曲がりそうな匂いだけは別だけど)


「おおお、まるで天使さまのようだよ。やわらかくて、しっとりして」


 アニータが身体を傾け、わたしの肌を撫でている。吐き気がしそうになって、左側に逃げると、そこにいたサルタがいて、同じように触れてくる。


「こらっ、離れなさい! サルタ」

「あたいの名前を覚えてくれたよ。この子」

「あたいの名前は、あたいは?」


 サルタは、わたしのスカートに触れると、それを脱がそうとする。


「な、なにをするの!」

「かわいがってあげるよ。な、アニータ」

「そうよ、おお、そうだよ」


 天神カグヤの罰だと言っても、これは度が過ぎている。


「待って! 待った! いいから、待った! あんたたち、わたしに何かすると、後悔するわよ」

「おお、どう後悔するんだよ」

「王の妃よ。とんでもないことになるわよ」

「で、今は、あたしらと一緒に牢仲間だよ」

「ま、それは確かに、そうね。じゃあ、挨拶かわりに踊ってあげるわよ!」

「はあ?」


 ああ、もうヤケクソだ。

 ここにいる全員の度肝を抜くしかないけど、それをするには、武器は自分の肉体しかない。

 どう驚かすか。

 踊る!

 これだ。

 わたしは両手を頭上にあげ、リズムと取って大きく叩いた。


 パンパンパンッ。


 牢獄に手拍子が大きく響き、皆の注目がわたしに向かった。


「さあ、行くわよ!」


 ええい、もうヤケクソだ。



(つづく)

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