猛禽王の嵐のような発情期




「お、王さま」

「どうした、カテリーナ妃」

「こちらを見ないで……、今、どうしたとお聞きにならないでください。ご自覚がおありだと思いますけど。部屋に下がらせてください。もう、耐えることができません」


 周囲の大臣たちは忍び笑いをしている。


「今は、そんな状況じゃないと言っていたではないか。城攻めの難しい話を知りたいのだが」

「そ、そ、それは、わたくし、部屋に戻ってマルキュスに申します。王さま。失礼とは存じますが、あああ……、もう耐えられません……。ああん」

「わかった、マルキュス。妃が絶頂を迎える前に部屋へ戻せ」

「承知いたしました」


 ──お、お姉さま、耐えられません。もう、だ、だめ……。


(わかった、わたしが代わる。ひっこんで)


「マルキュス」と、わたしは叫んだ。

「わたしをおんぶして、避難!」

「は!」


 マルキュスの背におぶられ、その場から避難した。

 牢であったアニータが王の下ばきを盗んだと言っていたが、あれは新月だったのかもしれない。あの王に女性の従者がつくのは拷問だ。そりゃ、牢に入るしかない。


 執務室から離れ、回廊に出ていると冷静になれた。


「おろして、マルキュス。世話をかけたわ」

「とんでもございません。王さまの新月は、誰にとっても冒険にございます。女性だけでなく、時に男性をも狂わされます」

「ほんと、冷静になると、なぜって思うけど。あの圧倒的なオーラに惹き込まれてしまう。鳥族だからなの? それとも、王族だから?」

「鳥族のなかでも王の血筋は特殊です。ダグマさまのように、両性具有の方もいらっしゃいますが。そうでない場合、異性に圧倒的な力を振るう、究極の、それこそ無双の強さをお持ちです」


 その圧倒的な力って、性的に圧倒するって意味よね。


「モテるのも厄介だけど、あれは厄介を通りこして、本人も災難でしょうね。ともかく、部屋に戻って、王に手紙を書くわ。あの状態の王はいつまで続くの?」

「明日には新月が終わります。普段の単なる魅力的な王に戻られます」

「あれは……、王が発情期ではなく、王の周囲が発情期になるわ」

「ご明察にございます」


(それにしてもカテリーナ。聞いてはいたけど、実際はとんでもなかったわね)


 ──わ、わたくし心臓が破裂しそうでした。怪物ですわ、あれは怪物。


(そうよ、怪物よ。実際に会ってなければ、きっと信じれなかったわよ。よく頑張ったわ、カテリーナ)


 ──お、お姉さまも。


 抱き合って喜ぶことができないので、自分の身体を抱きしめた。


(生き延びるわよ、カテリーナ)


 ──いろんな意味で、はい! お姉さま、がんばります。


(どうしたの? 泣いているの?)


 ──これまで、こんなふうに、わたくしのことを親身になってくださった方はいなくて。家族は王族としての責任がまず第一にでしたから。それに、国は貧乏で。わたくしだから、しょうがないって、でも、お姉さまと一緒なら、強くなれる気がします。


(お、おう)


 天神カグヤの罰人生について説明できないから、わたしの下心を知らない、素直で純真なカテリーナに胸が痛んだ。


 なんだか、ごめんね、カテリーナ。

 胸が痛いわ。


(さあ、平和ボケしている人びとを覚醒させなきゃね。


 ──お姉さま、わたしもお手伝いします。


 平和な二百年を過ごしてきた大陸の人びとにとって、悪鬼来襲はまだ現実的ではないだろう。

 実際、わたしが悪鬼襲来を確信するのは、これがカグヤの罰転生だからだ。

 出来事は、すべて悪い方向になるはずだ。

 つまり、歴史書に書かれているような恐怖の悪鬼襲来が起き、そして、果敢に立ち向かうことを期待されている。


 カテリーナの存在が不幸を引き寄せているのか。

 不幸なことが起きる場所だから、そこに転生したのか。

 

「マルキュス、地図にある王宮の城壁がどんなものか見に行きたいわ」

「今からですか」

「ええ、今から」

「ご案内いたします」


 マルキュスは南側の正門に向かう。


「直接向かう北門はないの?」

「ありますが、そこは閉鎖されています。誰も使う者がおりませんので、閉鎖を解くには許可が必要ですし、鍵もかかっています。秘密裏のほうが何かと」と、マルキュスは言葉を濁す。

「そうね、上の人間もピリピリしていそうだから」


 王宮の南側には王都が広がり、正門前の大通りには多くの店が立ち並んでいた。朝も早い時間から午後遅くまで、店の前には市が立って賑わっているという。

 人びとの往来も激しい。

 この異様な肌寒さを不思議には思っているだろうが。

 通りすがりの人の声が風にのって聞こえてくる。


「寒いわね。こんな寒さ、生まれてから経験したことないよ」

「ああ、なんだか異常だな」


 人びとが不安そうに話しているが、それを悪鬼襲来には、まだ結びつけてはいない。

 彼らにとって大事なのは日々の暮らしであり、その日の稼ぎであって、二百年前の出来事など絵空事だろう。


 悲劇的な歴史は貴族たちによって故意に隠されているかもしれない。


「マルキュス。悪鬼は間違いなく来る証拠はあるの?」

「これは一部の大臣方しか知りませんが、偵察隊が北の大地を見てきたそうです。寒期が訪れ、木々は枯れ、彼らの餌がない上に、海が凍りはじめています。大量の悪鬼が押し寄せることは間違いありません。ですから、逃げるしかないと」

「愚かね。城壁を見に行きましょう」


 王宮の壁際にそって北に向かうと、そこは雑草が生えるだけのうら寂しい場所だった。

 


(つづく)

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