忍んできた愛する人
──フィヨルさま……、が、います。
(フィヨルは、どこにいるの?)
──行列の真ん中あたりに、オーランザンド王国の随行員に混じって。あの人……金髪のちぢれ毛で、ああ、フィヨルったら、お顔がやつれて。ほら、お姉さま、ご覧になって、わたくしを見る青い目が辛そうに歪んでますわ。
誰がフィヨルか、すぐに知れた。
ああ、あの子かって。
というのも、放心したように口を半開きにして、夢見心地のような顔をしているからだ。
誰が見ても恋人に会いにきた男だ。恋焦がれたような視線が余りにあからさまだった。
フィヨルの容姿はカテリーナに似ている。
シルバーに近い金髪で、少年のようなあどけなさが残った顔。たしかカテリーナより年上だけど、ま、わたしからみれば年下だ。それも一回りも下になる。
ともかく、か、かわいい。上目遣いに三白眼になった視線が、なんとも言えず愛らしい。
ギリシャ神話に出てきそそうな鼻筋が整った顔立ち、獣人やら人外のなかで、その彫刻のような美貌がひときわ目立っている。
それに、こちらを見つめる顔が必死すぎて切なくなるほどだ。まるで愛する主人を見つけた迷子の子犬みたいに、舌を出して尻尾をぶんぶん振りまわして飛び跳ねてきそうだ。
──お、お姉さま、はやく謁見を進めてくださいませ。
(わ、わかったわ。で、フィヨル以外に誰が来ているの、カテリーナ)
──オーランザンド王国のリシュール宰相です。きっと彼は随行員として付き従ってきたんだと思います。フィヨルのこと、おじいさまが手配したとは思えませんけど。すごく無理してなんとかしてくれたんですわ。
カテリーナがヤキモキするから、オーランザンド王国との挨拶を早めるため、その後は、「お越しいただき感謝しております。○○さま」と、マルキュスの指示通りに従った。
そして……、オーランザンド王国の番になった。彼らが前に進み出てくるだけで、カテリーナの心が震えている。
「お越しいただき感謝しております。リシュール宰相さま」
「公主さま、お元気そうでなによりです。少し前に、妙な噂を聞きまして心配しとりました」というと、宰相は声を低めた。
「まさか、自殺されようとなさったとか」
「リシュールさま、お時間が押してございます」
すかさずマルキュスが間に入った。
「リシュール、心配はいらないわ」
「さようでございますか」
フィヨルは宰相がお辞儀する手を支え、介添えするように見せて、すっと前にでると、躓いて足を滑らせた。その拍子に、わたしの手に丸めた紙を握らせた。
「失礼いたしました」
「いえ、大丈夫ですか」
──フィヨル、フィヨル。わたくしは、ここにいるわ。
(ええい、カテリーナ。ちょっと黙って、興奮しないで)
フィヨルも退去する段になっても、去りがたい様子だ。宰相が強引に連れ出していった。
その後、謁見式は滞りなく終わり、儀式は終わった。
客人が帰ると、国内の貴族たちも緊張が解けたのか、それぞれ雑談をはじめる。
わたしはマルキュスに合図した。
「マルキュス、疲れたわ。部屋に戻りたいの」
「でも、まだ、我が国の紳士淑女が残っておりますので、彼らにご挨拶をして、ご歓談をなさいませ」
「川に飛び込むわよ」と、静かな声で脅した。
普段は感情を見せないマルキュスの目が強く光り、わたしはニッと右頬をあげて笑った。
手に汗をにぎるような長い無言の攻防の末、結果としては彼が折れた。
「どうぞ、お戻りください」
「ものわかりが良くなったわね、マルキュス」
謁見の間から出ようとすると、ざわざわと落ち着かない雰囲気になった。人びとが小声で話しはじめ、それを縫うように一段と高く女の声が響いた。
「まああ、お偉い方なのね。新入りのくせに、挨拶もせずに出て行こうとしているわ」
振り返ると若い女が、こちらを睨んでいる。
カテリーナより年上のようだが、まだ若く二十五歳前くらいの美しい女だ。赤いルージュの唇が扇情的で、胸もとを大きくはだけたドレスは、すべての男を誘惑するという断固とした意思を感じた。
「あれは、誰?」と、マルキュスにささやいた。
「王妃のおひとりで、オーブリー・ウーデン妃さまにございます」
「ふーん、王妃じゃなく、王の妃のひとりね」
──お姉さま、早く戻りましょう。
(待って、カテリーナ。喧嘩を売られて、こそこそ逃げては秘書室ではやってけないのよ。先制パンチこそ、勝敗を決めるの。あっちがジャブを打ってきたなら、こっちはストレートで応えるのが礼儀ってものよ)
わたしは、ゆっくりと振り返ると、社長室秘書課の最年長という貫禄でニヤリと笑いかけた。
「疲れましたの、ですから部屋に戻ります。なにか、問題でもあるのですか? お・ば・さ・ん」
「お、お、お、おばさん?」
「あら、いやだ。わたくし、まだ、二十歳になってないから。つい本音が出てしまって」
うっわー、言ってみたかった。
わたしにとって夢の言葉。ふん、二十五歳くらいの若造が、イキがるんじゃない。
──お姉さま、この場の女全員を敵にまわしてますわ?
冷静に周囲を見渡すと、たしかに全員が息をつめ、この面白い見せ物、いや喧嘩に固唾をのんでいる。
(カテリーナ。全員が敵じゃないわよ。面白がっているもの、見直したという顔をしているもの、それぞれよ)
「若いだけが取り柄の乳臭い女ぁ〜〜。無礼にもほどがある!」
おや、負けてないわね!
「そちらこそ身体だけが自慢でしょうから。脳みそが豆粒くらいで、よく反論できたわね。ほら、次の言葉を言ってごらん。ほらほらほら、頭のなかでちっちゃな豆粒がコロコロなっているわよ」
──あわわ、お姉さま、何を言ってらっしゃるのか、意味がわかりません。
(これで、いいのよ、カテリーナ。誰も意味がわからずに困っている間に逃げるわよ)
わたしは手をひらひらさせてから、ドレスを翻すと、その場を後にした。
(つづく)
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