寂しい王の独白
こっそりと猛禽王の顔を盗み見た。
暖炉の上に置かれたロウソクの炎が彼の横顔に深く陰影をつけている。長いまつ毛が影をつくり、それが彼の孤独を表しているようにも見えた。
王はグラスを傾け、静かに酒を飲んでいる。それが、ひどく寂しげだ。こういう男は危険だ。
「あの……」
声をかけたが、その先が続かない。
あらためて見ると、あらためて見なくても、この王はセクシーだ。痛みを共有するように見せかけて誘惑する。それが意識的ではないから、女たちは簡単にその罠にかかってしまう。
ひと言でいえば、残酷で悪い男だ。
カテリーナのような自意識が低い女にとって、それが王から逃げたくなる理由であり、わたしには強烈な魅力になってしまう。
「なにか、……あったのですか?」
まるで、そうするのが約束だったかのように照明用のロウソクが燃え尽き、灯りといえばカーテン越しに漏れる月の青白い光だけになった。
夜は深く、波のように静かに押し寄せてくる。
「今日は、わたしが王位についた日だ」
グラスのなかで赤い液体を飲み干すと、彼はボトルから酒をつぎ足す。
「生きていたければ、王になれと言われつづけてきた。王になりたいと思ったことはない。しかし、わたしも、わたしについてくる者たちも、自分たちが生きるために他人の血を流し、権力をつかむしかなかった日だ。祝うのは憚られる」
『血塗られ王』『残虐王』と噂され、対外的に否定しない意図には、おそらく恐ろしい事実も含まれているのだろう。
それを知りたくないような、知りたいような、このわたしの感情は、あきらかに彼を好きになるための弁解を探している。
まずい。
まずい。
まずい。
昔から、男を好きになると、相手の不都合を適当な言い訳をつくろって弁護して溺れてしまう。これは悪い癖で、クズ男を愛する典型的な思考回路だ。
はっとして、わたしは王を見た。
すでに、この男に好意をもちはじめている。カテリーナのためにも、これは、まずい。
わたしはグラスの液体を飲み干した。
「いい飲みっぷりだ」
王がグラスに新しい液体を足そうとしたので、わたしは首を振った。
「これで、帰ります」
「わたしが怖いのか?」
「いいえ」
「そうなのかな。おまえが、ここに来た日は覚えている。怪物を見るような目つきをしていたな。心底から怯えた表情を浮かべたおまえは、わたしが声をかけようとすると、気を失った」
(カテリーナ、ほんと?)
──王の噂を聞いていましたから。恐ろしくて、本当に恐ろしくて。
「今宵は、わたしのことを恐れなくてもよい」
「王さま、わたしは恐れていません」
「クリストフだ」
彼は立ち上がって、壁に造り付けになった飾り棚から、あたらしいボトルをもってきた。
「この酒は大切な者と飲みたいと思って、ずっと取ってきたものだ」
これ、わたしを口説いているの?
女たちはみな彼に畏敬の念を感じると同時に誘惑されてもいたはずだ。口説いた経験などあるのだろうか。
強いまなざしだが、どこか寂しさを隠しているようで、その上に、この容姿だ。額にかかるウエーブのかかった黒髪が、なんとも男の色気にあふれている。
「ここは
いや、そこは王さま、カグヤの罰転生だから。徹底しているんで、今ではその徹底ぶりに感心してもいるけど、驚きはしない。
「どういうことでしょうか。この王宮にいる限り、とても平和に見えますが」
「牢にぶちこまれた者の言葉とは思えんが」
「王さまが守ってくださる思っていました」
声をあげて王は笑った。
「心にもないことを言うな」
いや、わたしの本当の心を知れば、その言葉が、あるところで核心をついていると理解できるだろう。
「なにを笑っている」
「心にもないどころか、実は、一ミリもそう考えていません」
「大胆なことを言う。初対面の、あの怯えた姿は演技であったか。同じ人間とは思えないな」
「そろそろ部屋に戻ってもいいでしょうか」
わたしは立ち上がった。
「ひとりぼっちにして、申し訳ないですけど」と、なぜか言ってしまった。
王は低い声で笑った。
「ゆっくり休め。今日は疲れたであろう」
「おやすみなさい」
王は暖炉の前に腰をおろしたまま、手を軽くあげた。
扉に向かう。
振り返ると、彼の広い背中が見えた。
何を考えているのだろう……。
部屋を出て扉を閉めると、ほっとすると同時に、なにか大事なものを置いてきたような気がした。
それがなんなのか、知ってはいけないものだとも思う。
(つづく)
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