半陰陽の王妃




「そなたは……、この地に来たとき怯えきって、ひどく震えていたという報告を受けたのだが。可憐な容姿から、誰もが守りたくなるようでな、王も興味をもったかもしれぬ。まさか、結婚式をあげた夜に川に身を投げるとは……、いや、否定しなくて良い、あれは自殺だった。しかし、今日の自信にあふれた様子は、まるで別人のようだ」


 どうしたら良かった。

 カテリーナの『わたしなんて』という気弱な態度でダグマと接すれば良かったのだろうか。


 今のカテリーナを前面に立たせたら、前より強くなったとはいえ、泣き出すかもしれない。

 ダグマがわたしと似ているなら、泣く女にうわべは同情しても、内心ではイラつくはずだ。


「それは、わたしの二面性というか」

「二面性というより別人だな。まあ、この世界には奇異なことが多い。それは、よい。話したいことはそこじゃない。オーブリーを短剣で刺したことが事実なのか聞きたかった」

「いえ、事実ではありません。あれは、かの妃の自作自演です。傷口を見てくださればわかっていただけると思います」


 彼女の上腕が背後から前部に向かって浅く切られていたこと。それは自分でするか、背後から襲うしかできない傷であることを説明した。


「なるほど、オーブリーならありそうなことよ。かの妃は王に愛情というよりも執着が強すぎる。王を狂愛するオーブリーは、それだけを正義とする便利な思考回路をしていよう」


 ダグマは不思議な女性だ。

 あけっぴろげな態度で話し方にも好感がもてる。ただ、こうした態度に騙されると、あとで煮湯を飲まされそうな気もする。


 ハーレムの運営を任されているが、王とは対立関係であり、彼がけっして寝室に訪れない妃でもあるらしい。


「不躾ですが、お聞きしたいのです。わたしが呼ばれた理由とは何でしょうか」

「もう、ほとんどわかった。噂の件を実際に会って確かめたかったのだ。聞くまでもないようだ」

「ご理解くださって嬉しいです」

「希望があれば、噂を否定してやっても良いぞ」

「ダグマさまがですか?」

「オーブリーの自作自演という噂を流すこともできる」

「それが、ダグマさまに何の得になるのでしょうか。さらに言えば、そのことで、わたしに何かをお望みですか?」

「実際のところ、わたしに得はない。ただ、オーブリーのような女は好きではないということかな」

「ダグマさまが好き嫌いで動かれる方とは思えません」


 ダグマは嬉しそうに笑った。


「妃は、この王宮のことを何も知らないようだ。わたしと王は政治的には反対勢力なのだ。これは、わたしの味方を増やしたいという下心よ。あの王に狂わない女は珍しい」


 率直すぎて笑えた。

 確かに、宰相サイドと王サイドは権力中枢においてぶつかることが多いと聞いた。


 こういう世界の権力争いは、お互いの利益だけならまだしも、生死に関わることがある。

 無闇に関わっては大きな傷を負う。

 わたしのような後ろ盾のない非力な者が関われば、命に危険が及ぶだろう。かといって両勢力から距離をとって安全圏にいることなどできない。

 それをするには、わたしの人質という立場はあまりに弱い。


「あの、その、ここは言いにくいところですが」

「なにか?」

「まったく、その、王のことを気にならないかと言えば、嘘になりそうです。逆に、すべての女を虜にする王のフェロモン攻撃に耐えうるって、ダグマさまのほうが驚きです」

「そんなかわいい顔で素直に告白されても困るが。ただ、わたしが王に興味がないのは確かだ。気をつけるべき時も知っている」

「例の発情期とかの期間でも大丈夫ということなら、わたしも影響を受けないかと」

「たぶん、それは違うだろう。……わたしはね、生まれつきの半陰陽だから嫁いできた。もし、仮にまぐわっても子はなせぬ」


 半陰陽?

 両性具有ということだろうか。彼女の不思議な魅力は、男でも女でもあるからか。

 真っ赤に塗られた唇から、真っ白な歯がこぼれた。艶然と、わたしを誘うように笑っている。

 この女も発情フェロモンという意味では、王と似ているかもしれない。


「もしかして、王さまも半陰陽ですか?」

「吹き出すぞ。あの男性ホルモンがダダ漏れしている男は違うだろう。ただの男だ」


 どこか狂っている。いや、ハーレムとか、後宮とか、大奥とか、そもそも不自然な状況なのだから狂っていても不思議はない。

 とくにこのハーレムには、他国からの人質としての老婆までいる。王の子を産むための施設ではないようだ。

 もし、そうであるなら、オーブリーのような女性が多くてもよいはずだが、実際は彼女ひとりだ。


 いやな汗がでてきた。


 太陽の日ざしを遮るため窓が少ない部屋にいることが息苦しく思えた。


「わたしは女性に興味がある。妃のような女は好きだ。驚いたか?」

「いえ、そんなことは」


 そうは言ったが、ひどく動揺していて、さらに悪いことにそれを見破られたような気がする。ダグマは微かに顔を硬直させ、すぐにそれを隠した。


 フェロモン王と、女が好きな王妃と、そこにからまる権力争いが、複雑すぎて頭が痛い。

 これもカグヤの罰人生の一環なのか。

 天神さま方、徹底してエグいとしか思えない。


「カテリーナ妃」

「はい」

「先ほどの答えを待っている」


 ──お姉さま、大変な方向に進みそうです。早く逃げましょう。


 わたしの大事なミッションは、カテリーナを外の世界へと引きずりだすことだ。気弱で内に引きこもり、悲劇人生に立ち向かう気概がない女を強くすること。


(うん、逃げよう)


ここは、もう営業トークしかない。


「少し考えさせてください」


 考えさせてくださいは断りのキマリ文句で、あまりにも使い古されて苔が生えそうだが、この世界では、まだ通用する気がした。



(第2章完結:つづく)

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