第50話 エピローグ③

 今井に和恵の扮装をさせて、黒岩から突き落とした後、朱美はどうするつもりだったのか。

 和恵の転落死を偽装したとしても、今度は今井が行方不明となる。


「今井さんの予約時のメールには、友人の船で早朝発つから朝食は要らないと書かれてあった」


 宇佐美の疑問に、九我くがはあっさりと答えた。


「今井さんが転落するところを蒼真そうまに見せて、姉が自殺したと泣いて見せればいいだけだ。あのぼんくらは、朱美の言葉を疑わなかったろうしな」


「今井さんの予約メールは朱美さんが、書いたんでしょうね。健康のために度数の低いお酒に切り替えたというのに、冷蔵庫に宿からサービスとして入っていたのは、日本酒でした——今井さんの上着に入っていた鍵は、どうでした?」


「キーフォルダーの番号は205だが、おまえのいう通り鍵は206号室、朱美の部屋のものだった」


 宇佐美は暗い顔をした。


「——僕は美土里さんの言葉を信じなかった……あの人は、鍵は宿泊客に渡した以外はこれしかないと言って、僕に鍵の束を預けてくれたんです……ところが、鍵をかけたはずの今井さんの部屋から梅子さんの遺体が出てきて……他にも合鍵を持っている人間がいるのだと、あの場にいた全員を容疑者にしてしまいました……」


「俺だって、そう思う」


「……朱美さんは、今井さんの鍵と自分の鍵を入れ替えていたんですね……恐らく自分と今井さんとが繋がる証拠を消すために朱美さんは、緊急に205号室に入らなければならなくなったんです——僕は女性全員を201号室に集めましたが、皆さん身の回りの物だけを持って、鍵をかけて部屋を出ました。でも朱美さんの部屋は鍵がかかっていなかったんです。朱美さんの部屋の鍵は、今井さんの上着のポケットに入っていたから梅子さんの指から盗み取った指輪も諦めて、鍵もかけずに部屋から出るしかなかったんでしょう」


「蒼真に、206号室から指輪を取ってこいと指示してるがな」


「朱美さんと蒼真くんが最後に会ったのはあの部屋ですよね?」


「そうだ。おまえが朱美を閉じ込めた部屋だ」


「蒼真くんはあの部屋に美術品を保管して、売りさばいていたんですね。梅子さんは足が悪く、一階の部屋を希望したのに二階の部屋にさせられたんです。予約した透くんのミスかと思いましたが、透くんはちゃんと『足が悪い者が行きます』と備考欄に書いたそうなんです。あの部屋はトイレもシャワールームもあり、宿泊に不都合というわけでもないし、急拵えのわりには、整っていました。物置として長年使われていた部屋とは思えません。蒼真くんは、あの部屋に人を泊めたくなかったんですね」


「あの屋敷の女主人は、祖父や父親が大事にしていた翡翠以外の美術品はただの骨董品としかみていなかったようだし、蒼真はやりたい放題だったんじゃないか」


「朱美さんの部屋から、梅子さんがいた痕跡は出ましたか?」


「——ベッドの下から、梅子さんの衣服の繊維が出た」


 ああ、やはりと、宇佐美はまた暗い気分になった。


「梅子さんの死は、僕に責任があります。マミさんから、梅子さんがいなくなったと聞いて、すぐ一階に探しに行ってしまいました……梅子さんが一人で階段を下りるわけがないのに……」


 今回の事件で宇佐美の最大の後悔は梅子の事だった。


「——僕が朱美さんと206号室にいる時、梅子さんは、同じ部屋にいたんですね……」


 あの部屋のベッドの下で、亡くなっていたのか、それとも息も絶え絶えに横たわっていたのか。

 気がついていれば、自分は梅子を助けられたかもしれない……。


「僕が最後まで分からなかったのは、犯人がどうやって梅子さんの遺体を205号室の今井さんの部屋まで運んだかでした。梅子さんを今井さんの部屋まで誘い入れて絞殺したのかとも考えましたが、207号室にいた足の悪い梅子さんを205号室まで歩かせる時間が犯人にあったとは思えません——つまり、犯人は殺害後に遺体を205号室に運んだんです……『翠眼亭』は部屋の防音はしっかりしていますが、一階にいると二階の物音が聞こえるんです。でも僕は一階で梅子さんを探している時、二階から人を引きずるような物音など聞きませんでした」


 そのせいで僕はとてもバカな事を考えましたと、宇佐美は苦く笑った。


「梅子さんがいなくなったというのはマミさんの嘘で、その時はすでに梅子さんは亡くなっていた。僕が一階にいる間に三人の女の子達が、梅子さんの遺体を持ち上げて、音がしないようにそっと205号室に運んだ——僕は、しばらくこの推理に固執してました。あの三人は、何か僕に言えない秘密を抱えているように思えましたし……」


「なんか違法なものをダウンロードしてたみたいだな。島崎さんは『竜人』を見て慌てて部屋を出る時、足元に転がってた自分のスマホに気付いて持ち去ったが、そのことを友人にも言わなかったようだ」


「ユカさんは、何をダウンロードしたんです?」


「さあな。全部消去されていた」


「朱美さんが、ポットに異物を混入した証拠画像もですか?」


「彼女は、そんなもの撮ってないと言い張ってる」


「朱美さんは、犯罪の証拠を撮られたと蒼真くんに言ったんですよね? 梅子さんは、僕にそのスマホを渡そうとしたせいで、朱美さんに殺害されたのだと思いますが?」


「押収することもできるが」と九我は、肩をすくめた。「そっちもおまえから話してくれ」


「藍子さんは、どうしてます」


「自分一人で、梅子さんを205号室に運んだと証言した」


「藍子さん一人で、ですか?」


「担いだそうだ」


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