第40話 黒い海①

 闇の中、後頭部に衝撃を受けて、宇佐美は膝をついた。

 次いで懐中電灯を持つ手を蹴られたが、素早くその足を掴む。

 足首を掴みながら立ち上がり、相手のもう片方の足を外から刈った。


 床に倒れた相手が呻く。

 その声に聞き覚えがあった。


蒼真そうまくんですか?」


 相手は宇佐美の想像とは違った。


「——俺は、誰も殺していない」


 蒼真の声は怯えるように震えている。


「何があったのか、詳しく話して下さい」


 宇佐美は掴んでいた蒼真の足を放した。

 途端、今度は背中に強い衝撃を受ける。

 さっきと同じ、何か硬い物で殴られたようだ。


 宇佐美は振り返り、すぐに構えの姿勢を取る。

 両拳を軽く握り、利き手の左手を腹の前に、右手を頭付近に持っていく。


 ——蒼真以外に、もう一人いる!


 人が、動く微かな気配がした。

 宇佐美はその相手に素早く蹴りを入れる。

 みぞおち辺りにヒットした感触があった。


 部屋の奥から、また蒼真の怯え声。


「宇佐美さん、大人しくしてくれ——あんたが抵抗すると、奥にいる女の子達を傷つけなきゃならなくなる」


 部屋の奥では、赤と黄色のライトが光っていた。


「そこにいるのは、マミさんとユカさんですか」


 赤と黄色のライトが揺れた。

 猿轡を噛まされているのか、二人分のくぐもった声もする。

 

「蒼真くん、僕は君が人を殺したとは思っていない」


「嘘だ‼ 最初っから俺を捕まえる気で、この島に来たんだろ‼」


 宇佐美は姿の見えない敵を警戒しながら、蒼真をどうやって落ち着かせようか考えた。


「——俺は、今井も朱美さんも殺してないんだ……俺は、朱美さんの死体を、見た……」蒼真は辛そうに、小さく呟く。「……あんな酷い死に方……宝生ほうしょうさんは、母さんにも、同じことするに決まってる!——俺は母さんを、あんな酷い目に合わせたくない……」


 何を言ってるんだ?

 宝生だと?


 蒼真の言葉に耳を傾けていて、一瞬だけ敵への注意がおろそかになった。


 宇佐美は後ろから首を締め付けられた。

 ものすごい力での裸絞はだかじめ

 もがいても振りほどくことが出来なかった。


 息が苦しい。

 力を振り絞り抵抗していたら、口元に何か当てられた。


 エーテルか、クロロホルムか——。


 遠くなる意識の中、宇佐美の首を絞めている相手が女だということだけが分かった。




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