第39話 決起②

「中にお入りください」


 美土里はシホを部屋に招いた。


 なんて痩せっぽちな子だろうと、シホを見ながら美土里は思う。

 ——ご家庭の経済状況がよくないのだろうか……。

 

「何があったのか、詳しく聞かせて下さい」


 蝋のように白い顔を硬く強張らせて、シホは美土里を見る。


「みんながいる部屋に入ろうとしたら、宇佐美さんが止めた。廊下で待ってろって言われた——後ろを向いて待ってたら、『逃げろ』って宇佐美さんの声がした」


「部屋の様子は、ご覧にならなかったんですね」


 シホはコクリとうなずく。

 美土里が眉間に皺を寄せて、考え込んだ時だった。


 ドアを乱暴に叩く音がした。


「母さん! 俺だよ!」


蒼真そうま!」


 息子の声を聞き、美土里はドアに駆け寄ろうとした。

 だがすぐに立ち止まり、シホを見る。


「母さん! 話があるんだ、ここを開けてくれ!」


「今、開けるよ!」


 美土里はシホを見ながら、口の前に人差し指を立てた。

 無言でクローゼットを開くと、シホに手招きをする。


 シホはうなずき、クローゼットの中に入った。


「時間がないんだ! 早くしてくれ!」


 クローゼットを閉じた美土里は、気持ちを落ち着かせてドアの鍵を開けた。


 勢いよく部屋に入った蒼真は、美土里には目もくれず棚に陳列された美術品を見つめる。


「……母さん、ここにある物、売ってくれ……そうじゃないと、この『翠眼亭』に住めなくなる」


「そんな事の前に、言うことがあるだろ! 今まで何をしていたんだい……おまえ、本当にとおるさんを海に落としたのかい?」


「……わざとじゃないよ……もみあっているうちに向こうが落ちたんだ……」


「ちゃんと、母さんの目を見ていいなさい! 今井さんや、朱美さんを殺したのも、おまえなのかい?」


「俺は誰も殺してない! 今井さんのことなんか知らないし、朱美さんは——俺たち、付き合ってたんだ……あの人を殺すわけないだろ!」


「だったら、それを宇佐美さんに言いなさい。もうすぐ警察が来るから、その前に全部正直に話すんだよ!」


「……警察なんか来ないよ……」


「おまえが連絡しなくっても、透さんがしてくれたんだよ!」


 蒼真は横を向いた。


「……してないよ……あいつは、宝生さんと手を組んだ。あいつの祖母ばあさんの指輪が欲しいらしい……」


「梅子さんの指輪⁉」美土里は蒼真に食ってかかった。「梅子さんを殺したのも、あんた達かい!」


「あの人も、死んだのか……」蒼真は驚いた顔をした。「……宝生さんだ……あの人は、怖い人だよ……奥さんも……」


「すぐに手を切るんだよ! おまえは、誰も殺してないんだろ? だったらまだ間に合うよ!」


「……もう無理だよ……俺は、ずっと宝生さんの言いなりに動いてきたんだ……母さんには黙ってたけど、この島に帰ってきたのも、うまい儲け話はないかって、宝生さんに聞かれたからなんだ……子供の時に見た美術品を思い出して、俺は島に戻ってきた……」


 蒼真はうつむいたまま、苦しそうな顔をする。

 美土里は蒼真の肩をたたき、椅子に座らせた。

 棚からシェリー酒を取り出して、グラスに注ぐと蒼真に手渡す。


「少し、落ち着きなさい」


 蒼真はグラスの酒を一気に飲み干すとうつむいた。


「……母さん、ごめん……物置にあった物は、ほとんど宝生さんに渡してしまった……あの美術品で、この屋敷を改築出来たけど、その何十倍もの大金を宝生さんは手に入れてるんだよ——」


 美土里は、蒼真のグラスになみなみと酒を注いだ。


「辛かったね。母さんがお金のこと何もわからないから、おまえにだけ苦しい思いをさせてしまって」


「母さん! 残っているのはこの部屋の物だけなんだ! これを全て宝生さんに渡せば、後は永久にこの『翠眼亭すいがんてい』は母さんのものなんだよ!」


「そうかい。それはよかった。じゃあ今日は、お祝いだね」


 美土里は酒瓶を手にしながら、グラスを飲み干せと蒼真を促した。


「書面にしてもらわないとね。母さんは字が読めないから、いつものように、頼むよ」


「うん、任せてくれ!」


 赤い顔の蒼真がグラスを開けると、美土里は更に酒を注ぐ。


「お祝いなんだから、もっと飲みなよ。で、宝生さんはいつ来るんだい?」


「もう着く頃だよ。母さんが、納得してくれて、本当に良かっ——」


 蒼真は急に前に倒れた。


 美土里は蒼真の胸ぐらを掴んだ。頬を思いっきり叩く。

 動かないことを確認すると、クローゼットからシホを出した。


「——死んでるの?」


 床に転がる蒼真を見てシホが言った。


「眠ってるだけです。目が覚めても、半日はめまいで苦しむでしょう」


 美土里は仏壇の裏に手を伸ばして、何やら取り出した。

 金色の拳銃だった。


「本物?」


「撃ったことがないので、何とも言えません。南部式小型拳銃というのだそうです」


 エプロンのポケットに銃を入れると、美土里は棚から平べったい筒状の物を取り出した。


「シホさんには、こちらを」


 それは金や翡翠で飾られた凝った模様の短刀だった。

 美土里は鞘を取り、刃をシホに見せる。


「お気をつけ下さい。これには毒が塗ってあります。傷が浅くとも数分後には痺れを起こせます」


 美土里は刃を鞘に収めると、短刀をシホに手渡した。


「戦えますか?」


 シホはしっかりとうなずいた。



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