第33話 祈りの部屋⑥
宇佐美は昔から、人を励ますのが苦手だった。
落ち込んでいる人間を前にすると、どんな態度を取ればいいのか分からなくなる。
相手の状況が深刻であればあるほど思い迷い、適切な言葉を探しているうちに時間だけが過ぎていってしまった。
友人と同じ高校を受けて、自分だけが合格した時もそうだった。
学年一の秀才でプライドの高い友人に、どんな態度を取ればいいのかと悩み、顔を合わせるのが辛くなった。
卒業式、友人は宇佐美から距離を取られたと感じたのか、冷たい奴だとなじられた。
大人になって、だいぶ神経が図太くなったが、今、目の前にいる美土里の心中を察すると、やはり宇佐美の心は重苦しい。
事件の全体像は見えてきたが、美土里の息子、蒼真がどのような役割で事件に関わっているのか、まだ不明だ。
無責任な慰めは出来なかった。
美土里は一階、左翼の一番奥の部屋の扉を開けた。
部屋に入った途端に白檀の香りがした。
懐中電灯で室内を照らすとすぐに、大きな仏壇が見える。
ベッドがあり、書物机があった。
『プライベートな部屋です』と美土里が言った通り、ここは美土里の居室のようだ。
壁一面に置かれた翡翠の置物を見つめていると、床がきしむ音がした。
美土里が仏壇の前に座り、ロウソクに火を灯している。
部屋がぼんやりと明るくなった。
美土里が仏壇に手を合わせるのと一緒に、宇佐美も正座して懐中電灯を横に置き、手を合わせた。
目を開けると、正座した美土里がじっとこちらを見ていた。
美土里は宇佐美と目が合うと、そっと頭を下げた。そのまま視線を落とす。
「
宝生の名を聞いた時、俯いた美土里の肩がピクリと動いた。
美土里の様子を横目に宇佐美は、壁に飾られた数々の置物に顔を向ける。
「祖父や父が中国から持ち帰った物です」
「——戦時中にですか」
「はい——蒼真は売りたがっていましたが、私が止めました」
「以前食堂に飾られていた竜のブロンズ像のことは、ご存知ですか?」
「はい。歴史的価値がある物のようですが、あれも祖父の遺品です。この屋敷から出すわけにはいきません」
略奪品ですよ、とは言えなかった。
「梅子さんのご主人の話は聞きましたか?」
美土里は顔を上げた。
「ご主人のお父さんは、美土里さんのお父さんが中国から荷物を運ぶのを手伝ったそうです」
美土里はそうでしたかと、驚いた顔をした。
「……あのお……梅子さんは、どこにいるのでしょうか?——まさか、蒼真が……」
「捜査段階ですので、何も言えません」
美土里は肩を落とした。
「あの子は悪人ではありません……付き合っている人間が悪いんです。あの女が!」
美土里は憎らしそうに唇をかんだ。
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