第32話 祈りの部屋⑤

「梅子さんの指輪のダイヤは本物なんですか?」


 宇佐美に訊かれたとおるは、さあと首を捻った。


「お祖父じいちゃんの親父が、戦争中に兵隊から貰ったやつなんだ」

「兵隊から?」

「中国から荷物運ぶの手伝ったら、色々貰ったんだって、口止め料だって言われたらしい」

「……口止め料とは?」

「その兵隊、偉い人の家からごっそり、ぶんどったんだって。この島は、その兵隊のものらしくってさ、お祖父ちゃん、ここに来たがってたんだ。あの時親がもらった口止め料のおかげで、家族が飢えることもなく、店持てたって、お礼が言いたいって言ってた——でも忙しくって、休めないうちに、お祖父ちゃん、ポックリいっちゃったんだ」


「……美土里さんは、その話、ご存知なのでしょうか?」


「お祖母ばあちゃんがうるさいから、予約する時に書いて送った」


「メールですか……」


 だとしたら最初に目にするのは蒼真そうまだ。

 美土里はパソコンを触らない。


「アレルギーとか好きな飲物とか書いてたら、一番下に備考欄があったから書いといた。『戦争中は、ひい祖父じいちゃんが世話になりました。あの時の口止め料のおかげで、うちは助かりました。そちらも楽しく暮らせてるみたいですね。足の悪い年寄りが行きますが、よろしく』って」


「フェリーに乗っている時に、蒼真くんから何か一言ありましたか?」


「なんもないよ。そんな大昔の話、フツウ、関心ないだろ?」


「梅子さんは、今井さんを怪しんでいましたが、何か目撃したのでしょうか?」


「ナンパしてたんだよ」と透は声を落として暗い廊下の先を見た。「あの殺された、キレカワな人のこと——」


「朱美さんをですか?」


 そうそうと、透はうなずいた。


「俺たちが近くに行くと、女の人が迷惑そうな感じで、おっさんから離れて行った。お祖母ちゃん、昔の人だから、そういうのうるさいんだよ——ねえ、あの人殺したのも蒼真なのか? 竜に変装してたって聞いたけど、厨ニちゅうにかよ」


「部屋の電気も点けられませんし、まだ何も分かりません」


「あいつ、サイコパス? 停電もバスのタイヤ、パンクさせたのもあいつの仕業なんだろ? 最初、良さげな奴に見えたのに、人って見かけじゃ、わかんないよな。やべえ連中と、繋がってるみたいだしよ」


「宝生さんですか?」


 透がうなずいた途端、遊戯室のドアが静かに開いた。

 中から美土里が出てくる。

 透はピタリと黙った。


「すみません美土里さん、お待たせしてしまって」と宇佐美は美土里に頭を下げた。


「俺、トイレ行ってくる」と透は慌てる。「水だけでも出てよかったよな! 水道に細工しなかった蒼真に感謝だ!」


 つい言ってしまったと、透は片手で口を塞いだ。もう片方の手に懐中電灯を持って、廊下を走っていった。


「透くん! 早く戻って、みなさんといて下さいよ!」


 透が返事代わりに懐中電灯を振ったのか、真っ暗な廊下に明かりが揺れた。


「美土里さん、お疲れのところすみませんが——」と宇佐美は美土里に顔を向けた。


「分っています。あの部屋をご覧になりたいのですね」


 美土里は宇佐美の顔を見ずに歩きだした。


「どうぞ、こちらです」

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