第31話 祈りの部屋④

「学校で、なんて呼ばれてた?」


 暗い廊下を歩きながらシホがきいた。

 サイズの合わないサンダルの音をペタペタさせて、宇佐美の手を握っている。


しゅんです」


 握り返すこともなく、宇佐美はそのままにさせていた。


「——同じクラスだったら、よかった」


 相変わらず抑揚に乏しい、静かな口調だ。


 遊戯室の前に着くと宇佐美は、シホから手を離して扉を開けようとした。もう片方の手は懐中電灯と工具箱で塞がっている。

 

 シホが手を強く握ってきた。


「また誰か死ぬ?」

「そうは、させません」


 シホは宇佐美の手を離した。

 自ら扉を開けて中に入っていく。




 遊戯室には宇佐美の指示で、『翠眼亭すいがんてい』にいる全員が集まっていた。

 真っ暗な部屋には、電池式のキャンドルが点在し、オレンジの光で溢れている。

 まるでクリスマスのような光景だが、部屋の空気はどこか張り詰めていた。


 毛布を敷いた床に座り、カップ焼きそばをすすっていたとおるが、宇佐美を見てフォークを振ってきた。

 透の隣には藍子がいたが、こちらは宇佐美と目を合わせようともしない。


 マミとユカは、毛布の上に座り、壁にもたれていた。

 二人とも呼び出しを待つかのように、じっと宇佐美を見つめる。

 シホも二人の近くに座っていた。

 

 ぐったりと椅子に腰を下ろしていた美土里は、物憂げに宇佐美に会釈した。「宇佐美様も何か召し上がりますか」と億劫そうに立ち上がる。


 ビリヤード台の上に置かれた卓上コンロに向かう美土里を、宇佐美は制した。


「お話があります。ちょっと来て下さい」


 美土里は視線を落としたまま、「はい」と呟いた。

 首から下げている例の部屋の鍵を、服の上から握りしめる。


「なあ」とカップ焼きそばを横に置いて、透が立ち上がった。「俺、お祖母ばあちゃん、探しに行ってきていい?」と呑気な声を出す。


 部屋中が一気に緊張した。

 宇佐美は美土里に断り、透を部屋の外に連れ出した。



 身内の不幸を告げる役は、やりたくない。

 しかも透の祖母は絞殺されたのだ——。


宇佐うさたん、ごめん」


 宇佐美が憂鬱な気持ちでいたら、突然透が頭を下げてきた。


「俺、余計な事、言っちゃった。蒼真そうまはどうしたって、美土里さんと藍子さんにきかれたから、俺のこと海に突き飛ばして、ボートで逃げたって、言っちゃった……今井のおっさん殺したのも蒼真の仕業だって、宇佐美さんは疑ってるから、俺を蒼真の見張り役にしたって……俺、喋っちまった……ごめんな、俺のこと助手にしてくれたのに、全然、役に立ってないな……」


 最初会った時は、言動に呆れたが、透は意外と素直な男だと分ってきた。

 宇佐美から助手に指名されたのが嬉しいのか、忠実に働こうとしてくれてもいる。


「美土里さん、蒼真はそんなことしないって、すげえ怒っちゃった……やっぱ母親は、ショックだよな……俺も万引きで捕まった時、母さんがすぐ来たんだけど、何かの間違いだって、店員とケンカしちゃってさ、マジで怖かった」


「濡れ衣だったんですか?」


「いや、ちゃんと俺が盗んだ」


「——大変言いにくいのですが、梅子さんの事でお話があります」


「やっぱ、死んだの?」


 あっけらかんと透が言った。


「お祖母ちゃんのこときくと、みんな俺のことさけるしさ、なんかおかしいなと思ってたんだ。まあ、『いつお迎えが来てもおかしくない』って、ずっと言ってたしさ、最後にお祖父じいちゃんとの約束が果たせてよかったよ」


 透は、梅子が自然死だと誤解しているようだ。


「遺体、どこ?」


「……検視の必要がありますので……」


 宇佐美が口ごもると、透は、ああと、納得したような顔をした。


「お祖母ちゃんの、兄さんも風呂場で死んじゃったから、警察来たし、ややこしかったよ。俺、ワルかったから、疑われたし、あっ、こっちはやってないからね」


「お祖父さんとの約束って、何ですか?」


「この島に来ること。だからお祖母ちゃん、お祖父ちゃんから貰った指輪を付けてきたんだ」


「透くん」と宇佐美は透の手を両手でしっかりと握った。「指輪は僕が必ず見つけ出します」


 透はポカンとした。


「お祖母ちゃん、指輪、失くしたの?」

 


 


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