第30話 祈りの部屋③
「梅子さんをベッドに寝かせてから電気を消して、三人で隣の部屋に行きました」
宇佐美にそう言ってから、マミは確認を取るようにユカとシホの顔を見た。
三人の話は一貫している。
207号室の部屋に梅子を休ませた後は、浴室を挟んで続き部屋になっている208号室に三人でいた。
その間、浴室のドアは両側を開けていて、電気もつけっぱなしだった。
「三人でいる所に梅子さんがやってきて、ユカさんのスマホを僕に見せた方がいいと言ったんですね?」
三人は一様にうなずく。
「……でも、私達、無視しちゃって」とマミ。「……背中向けて、動画観てたら、いつの間にか梅子さん、いなくなってました……」
「梅子さんの姿を最後に見てから、部屋にいないことに気付くまで、どのくらいの時間が経ったか覚えていますか?」
マミは三十分位と言い、シホは二十分位だと言った。
ユカは見当もつかないと、首を傾げた。
「シホさんが、梅子さんを呼びに隣の部屋に行ったんでしたね?」
シホがコクリとうなずく。
「梅子さんがいないとマミさん達に知らせてから、梅子さんを探しに208号室から外に出たんですね?」
シホはまたコクリ。
「207号室のドアノブに杖がかかっているのを見つけた時、部屋の鍵はかかっていましたか?」
シホはわからないと、首を傾げた。
宇佐美は206号室の朱美の部屋にいた時のことを思い出していた。
廊下を歩く足音を聞き、急いで部屋のドアを開けた。
杖を抱えながら驚いた顔のシホがいた。
208号室のドアが開き、マミから『梅子がいなくなった』と知らされた。
そして宇佐美は一階に梅子を探しに向かった——梅子が一人で階段を下りるわけがないのに……。
ではあの時点で梅子はいったいどこにいたのだ?
生死にかかわらず、梅子が205号室の今井の部屋にいるのは不可能だ。
「部屋に梅子さんが居ないことを確認したのは、シホさんだけなんですね」
シホはうなずいたが、マミは怪訝な顔をした。それの何が問題なのというように宇佐美を見る。
「僕と美土里さんが一階で梅子さんを探している時、藍子さんは廊下を人が這っている音を聞いたと言っていましたが、みなさんは——」
「こわい、こわい」と宇佐美の言葉を遮って、ユカが自分の耳を塞いだ。
「宇佐美さん、そんなの藍子さんの作り話ですよ」と、マミも嫌な顔をする。「あの人、人を怖がらせるのが、好きじゃないですか」
シホもウンウンと、うなずく。
「みなさんは何も、聞こえなかったんですね」
宇佐美が確認すると、「そんなん聞こえたら、めっちゃホラーです」とユカが頭を抱える。
「ヤバい! イナバウアーで、廊下を這う女の子の姿が脳裏にやってきた……」
「這うって、匍匐前進だと思うぞ」とマミ。
「マジで、怖いってば」とユカはシホと腕を組む。
シホがユカの頭をなでた。
「梅子さんの部屋に誰かが侵入した可能性は、ありませんか?」
「ないない」とユカが顔の前で手を振る。「ありえませんよ。鍵かかってたし、私達が絶対、気付くし、梅子さんも大騒ぎしますよ」
ある想像が、宇佐美を嫌な気持ちにさせた。
「お疲れのところ、長々とありがとうございました——すみませんが、シホさんだけ残って、お二人は皆さんの所にお戻り下さい」
宇佐美が言うと、ユカが驚いた顔をした。
「宇佐美様、一人づつ尋問して、矛盾点ついていこう的なヤツですか⁉」
「私達、見たことを全て正直に話しています!」とマミも非難するような顔で宇佐美を見る。
「動画には何が写っていたんですか?」
宇佐美が言うと、ユカとマミはピタリと黙った。
二人はエールを送るようにシホの肩を叩くと、腕を組んで暗い廊下の奥に去っていった。
「ユカのスマホの事は、何も言わない」
二人っきりになると、シホは宇佐美をじっと見上げながら静かに言った。
「食堂で今井さんが亡くなった後、何か言いたそうにしていましたよね? 事件に関係のあることですか?」
「もう、いい」
「何か知っているのなら、話して下さい」
「死んじゃった人のことだし」とシホはチラリと飾り棚で塞がれたドアを見た。
「朱美さんが、どうかしましたか?」
「ポットに何か入れてた」
「シホさんは、朱美さんが、ポットに何かを入れるのを見たんですね」
シホは、うなずいた。
お茶に混入されたものはおそらく抗酒剤だろうが、食堂に運ばれる前に入れられたのだろうと宇佐美は考えていた。
だが朱美は人前で堂々とやってのけたのか——なんと大胆な。
「……その時に、教えてもらいたかったです」
シホは肩をすくめた。
「大事なことかどうか、わかんなかった——何、入れたんだろって、見てたら、朱美さんと目が合った。朱美さん、笑ってた」
「今の話、警察で証言して下さい」
「ライン交換して」とシホは宇佐美の手を握ってきた。
宇佐美が何も言わないでいると、小指を絡ませてきた。
「私からは、何も送らない」
宇佐美はひどい疲労感に襲われてきた。
今のシホの話から、嫌な想像が現実味を帯びてきた。
「——みんなの所に戻りましょう」
「返事は?」
「いいですよ」
ため息混じりに言うと、シホはやったあと小さく呟いた。
今井の部屋に引きずられるまで、梅子がどこに押し込まれていたか見当がついた。
鑑識が来ればはっきりわかるだろうが、そこは宇佐美をひどく落ち込ませる場所だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます