第29話 祈りの部屋②

 月が輝く外よりも、建物の中の方が暗かった。

 通用口から入ると、遠ざかっていく藍子の足音と共に懐中電灯の光が見えた。

 反対に赤、青、黄色のライトがこちらに近づいてくる。


「藍子さん、美土里さんがカップラーメン用意してくれたよ」とマミの声。

「やったあ! お腹すいてたんだ!」と陽気な藍子の声。


 藍子は外で宇佐美に見せたのとは、まったく別ないつもの笑顔を見せているのだろう。


「宇佐美さあん」とマミが赤いライトを振りながら小走りでやって来た。「お話があります!」


 マミの後ろにはユカとシホもいた。




 普段は物置として使われている部屋は、今は背の低い飾り棚でドアが塞がれていた。

 マミ達三人はその部屋の前で手を合わせる。

 美土里が懐中電灯を用意してくれたが、マミ達はまだそれぞれのペンライトを握っていた。


「ユカが見た竜人りゅうじんの話を聞いて思い出したんです」と、手を下ろしたマミは自分のペンライトを棚の上に置いて、スマホを開いた。


「ユカが見たのは、この像らしいんです」


 マミは宇佐美にスマホを見せる。

 その横でユカが「間違いありません。この顔でした!」と大きくうなずく。


 マミのスマホには、竜の頭だけのブロンズ像が写っていた。


「この写真はどこで撮ったんですか?」と宇佐美はマミに訊く。


「今年の春に、親と『翠眼亭すいがんてい』に来た時に撮りました。その時は食堂に飾られていたんです」


 ユカから『頭は竜で身体は人間の男だった』と聞いて、宇佐美は、竜の仮面を被った男かと考えていた。

 だが侵入者は、竜の像で自分の顔を隠していたのだろうか。


「私の父は、これを見てびっくりしたんです。円明園の竜じゃないかって——私の父は大学で中国史を教えているんですけど、もし、本物なら歴史的大発見だって、興奮していました。父は像を調べさせてくれって、美土里さんにお願いしましたが、断られたんです。美土里さんのお祖父様が大切にしていたものだから、島の外には持ち出せないと言われました——家に戻った父は美土里さんに何度も手紙でお願いをしましたが、来たのは蒼真そうまさんからのハガキだけでした。『専門家に鑑定してもらったが、ただのレプリカだと判明した』と書いてありました」


「円明園ですか……」


 さすがに宇佐美も驚いた。


 アヘン戦争の最中にイギリス軍により略奪された円明園の宝物を、宇佐美は中学生の時に大英博物館で見たことがある。

 清王朝の贅を極めた庭園が、イギリス・フランス軍によりことごとく破壊され、金目のものは全て奪いつくされたと、その時に習った。


 藍子の部屋で見た、美しい青磁色の灰皿を宇佐美は思い出した。

 マミがペンライトを乗せている飾り棚も、改めて見る。

 あせてはいるが、元は鮮やかな朱色だったかもしれない。細かな細工が随所に見られる。


 「——透くんが」


 博物館級の美術品を目の当たりにしているのかもしれないと、胸を高鳴らせて飾り棚に触れていた宇佐美に、マミが声をかけた。


「梅子さんを探しに行きたいって、言ってます——」


 ——そうだった。透にはまだ祖母が殺害されたという辛い報告をしていなかった。


 宇佐美は暗い気持ちで顔を上げた。


「——宇佐美さん、もしかして、梅子さんも……もう死んじゃったの?」


 マミは顔を強張らせていた。

 ユカもシホもじっと宇佐美を見つめる。


 宇佐美は更に憂鬱になった。

 梅子殺しは、この三人の中の誰かの協力なしでは不可能だ。


 では、いったい誰が。


「……何度もすみませんが、もう一度梅子さんがいなくなった時の様子を聞かせて下さい」


 宇佐美が沈んだ気分で言うと、三人はそれぞれ顔を見合わせた。

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