第28話 祈りの部屋①
風が激しく吹き荒れていた。
雲が蹴散らされて、頭上には大きな月が光っている。
宇佐美は窓に木を打ち付けた。
『
歴史的建造物を傷つけるのは、本意ではないが仕方がない。
部屋のドア前には、重たいアンティークのチェストをマミ達と一緒に運んで置いた。
これで鍵があっても、この部屋を出入り出来る者はいない。
「宇佐美さん、何やってるの?」
背後で藍子の声がした。
トレッキングシューズを履いた足音には気付いていたが、宇佐美は知らぬ振りをしていた。
「仕事です」
「——朱美さんが殺されたって、本当なの?」
「みなさんと一緒にいて下さい」
「……
打ち付け終わり、強度を確認した宇佐美は美土里から借りた工具箱と懐中電灯を手に振り返った。
風に乱される髪を押さえながら立つ藍子は、一気に老け込んでみえた。
「中に入りましょう。夜明けとともにここを出ます」
マイクロバスはタイヤが全てパンクしていた。
港まで歩いて三十分だが、闇の中、誰がどこから襲ってくるとも限らない。一人で六人全員を守る自信がなかった。
「——朱美さんを……」藍子は木が打ち付けられた窓を見つめる。「いったい誰が……」
「ユカさんは竜の仮面を被った男を見たと言っています」
「まさか宇佐美さん、蒼真くんが戻ってきて、朱美さんを殺したとか、思ってる?」藍子は怖い顔で宇佐美を睨んだ。「二人は初対面なんだよ。蒼真くんが朱美さんを殺す理由はないよ」
「そうでしょうか」
強い風に負けじと、宇佐美は声を大きくした。
「藍子さんも不思議だったんじゃないですか? フェリーに乗っている時、朱美さんはお姉さんに会いに行くと言いながら『翠眼亭』とかかれたTシャツを着た蒼真くんに話しかけませんでした。船上で蒼真くんと話していれば、到着前に和恵さんが島にいないことが分かったでしょう——もちろん引っ込み思案の女性なら躊躇するかもしれません。でも朱美さんは、初対面の僕に写真を頼むほど社交的な人です。蒼真くんと話をしないのが、僕には疑問でした」
「だから、なに?」藍子は腕を組む手に力を入れて、更にきつく宇佐美を見る。
宇佐美は『オセロー』の有名な言葉を思い出した。
——お気をつけなさい、嫉妬というやつに、こいつは緑色の目をした怪物です——。
「朱美さんとお姉さんは、あまり仲がよくなかったのだと思います。自分より劣る者としてみていた和恵さんが、大金を手に入れて、若い男まで出来たようだ——朱美さんは、悔しかったでしょう……あの人は、感情を押さえて耐えるような人とは思えません……常に行動する人です……和恵さんが付き合っている男を突き止めようとしたと思います……そして、とても危険な組み合わせが出来てしまった……」
「和恵さんの男って、何よ! それも
——緑色の怪物は、人の心を貪り、餌食にする——。
「……蒼ちゃんが、朱美さんを殺したっていうなら」藍子は笑った。「二人は、仲違いでもしたのかな?」
風で髪をなびかせる藍子の笑みは凄みがあった。
殺人ぐらいならどうってことないが、浮気は許さない。
でも女との関係が切れたのなら、見逃してやろう。
そんな藍子の声が聞こえてきそうだ。
「蒼真くんは、浮気が発覚して、パトロンからの援助が切られるのを恐れたのかもしれませんね」
「宇佐美さん、意地悪だよ」
「藍子さん、201号室に入ってすぐにバルコニーでタバコを吸いましたよね。蒼真君と連絡を取り合ったりは、しませんでしたか?」
藍子はさっと踵を返した。
無言で通用口から屋敷の中に入って行った。
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