第25話 闇夜の逃亡者⑤

 梅子の死体がある部屋の前で美土里の読経を聞いている時もチラリと思ったが、今もかなりシュールな光景だ。


 真っ暗な廊下をペンライトを手にしながら女たちが一列で歩いている。

 先頭には美土里が赤いペンライトを掲げていた。

 その後ろ、同じ赤のペンライトを持つのはマミ。

 続いて黄色のペンライトを持つのはユカと朱美。

 朱美の後ろを青のペンライトを掲げる藍子とシホが続く。

 宇佐美はしんがり。


 これを見た上司は、なんと思うか——宇佐美は九我くがの声が聞こえそうだった。


(なにチンタラやってんだ! 容疑者が分ってんなら、女だろうと、髪を掴んででも引っ捕らえろ!)


 ——分かりますよ、九我さん。でもただ疑わしいというだけで、人を拘束するわけにはいきませんし……今、僕の周りにいる六人の女性が全員容疑者なんです……。


「あのぉ……」朱美が、弱々しい声を出した。「本当に、ここにいるの私達だけですか? 姉は長期滞在の人がいるって、言ってましたけど……」


「おりません!」と美土里の強い声。


「朱美さん、さあ」と藍子の声。「今井さんの部屋で物音聞いたって言ったよね。私も聞いたんだよ——奇妙な物音が今井さんの部屋の方からするの」


 藍子はそこで黙った。


「何を聞いたんですか?」と恐る恐るといった朱美の声。


「人が——」藍子は低く、不気味な声を出す。「床を這いずり回っているような音」


「やめて!」


 朱美が耳を塞いだのか、黄色のライトが下がる。


「藍子さん」と先頭付近からたしなめるようなマミの声。「怪談話は明るい所でやりましょうよ」


「藍子さん」と宇佐美が声をかけた。「それを聞いたのは、いつ頃ですか?」


「宇佐美さんたちが、梅子さん探しに、下に行ったときだよ——ねえ、この停電、梅子さんのいたずらじゃない? 配電盤、受付に立てば丸見えだしさ、すぐ手が届いちゃうじゃん」


「あたしゃ、早く、梅子さんにスマホを返して貰いたいよ」と、ため息混じりのユカの声。


「みなさん、ここから階段ですから、気をつけて下さい」と美土里の声。美土里が振っているのか、赤いライトが左右に揺れている。


「ねえ」と宇佐美のすぐ前を歩くシホが宇佐美の腕に触れる。「仕事、辞めたくなった時、ある?」


 シホはそのまま宇佐美の手を握る。


「ありますよ——でも、十年は辛抱するつもりです」

「なんで?」

「僕の父は、僕が警察官になることに反対だったんです。どうせすぐ辞めるだろう、十年もったら褒めてやると言われました。まだ十年経ちませんし、辞められません」


「お父さんへの意地?」階段下から藍子の声。「それとも妥協出来る程度に、水があった?」


「両方です」と宇佐美は暗闇の中、藍子に答えた。




 受付横の配電盤に宇佐美は手を伸ばした。

 皆がライトで手元をかざしてくれている。

 だが、ブレイカーを上下させても電気は点かなかった。


「車はありますか?」と宇佐美は赤いライトを持つ美土里に訊いた。


 美土里はすっかり困惑しているように見えた。

 どうして電気が点かないのでしょうと、宇佐美に尋ねそうな顔つきだ。


「……蒼真そうまは自分の車で行ったので、マイクロバスがあります」


「僕が運転します。みなさん、港に移動しましょう」


 電話も不通、電気も遮断された。

 このままここにいるのは危険だ。

 犯人の目的は分からないが、三人目の犠牲者が出る前に、ここから脱出しなければ——。


 赤いライトを頼りに受付デスクの引き出しから、美土里は車のキーを取り出した。「宇佐美様、これがバスの鍵です」と宇佐美に渡す。


 赤や青のライトを持つ女たちは無言だった。

 赤と青……。

 宇佐美は周囲を見回し、背筋が凍った。

 

 黄色のライトがない!


「ユカさんと、朱美さんは、どこです!」


 宇佐美が叫ぶのとほぼ同時に、玄関扉を激しく叩く音がした。


「蒼真です! 蒼真が帰って来たんです!」


 美土里は玄関に向かって走り出した。

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