第38話 決起①

(きれいな顔だな)


 暗い階段を下りながら、シホはチラリと宇佐美を見上げた。


(この人がお兄さんだったら、毎日が楽しいだろうなあ)


 教師かクラスメートでもいい。

 そうだったら、学校に行くのが苦痛じゃなくなる。


 恋人なんかは嫌だ。

 終わることのない、ずっと続けられる関係の方がいい。


 宇佐美の手を握りながら、この暗い階段がずっと続けばいいのにとシホは願った。

 自分の願いが叶うことなどないと、子供の時から知っているのに。




 遊戯室のドアノブに手をかけて、ドアを少し開けたら、宇佐美が近づいてきた。

 体温が感じられる位の距離。

 シホの心臓が跳ねた。


 ドアに手を掛けた宇佐美は、「廊下にいて下さい」と小さく言った。

 二階で宇佐美に言われた様に、シホは部屋に背を向けて離れる。


 胸の動悸が治まらないのが不思議だった。

 持っていた青いライトを闇にかざしてみる。

 青は好きな色だ。

 それもほとんど透明な青が好き。

 きれいな物とか可愛い物だけをずっと見ていたい。


 闇に青いライトを揺らしていたら、宇佐美の大声が聞こえた。


「シホさん!」


 シホはビクリとして、遊戯室の中を覗こうとした。


「この部屋から離れて! 走って逃げて下さい!」


 反射的にシホは駆け出した。


 足は早くない。

 体育は嫌いだ。

 それに逃げるって、どこに?

 玄関とは反対の屋敷の奥に向かって走ってしまった。


(あの部屋、危険なの?)


 だとしたら、宇佐美はどうなってしまうのか?


 シホは立ち止まった。

 暗い廊下の先、遊戯室の方を見る。

 また動悸がしてきた。

 だが今度のドキドキは怖い。


 シホが立ちすくんでいると、近くのドアが小さく開いた。


「シホさん、どうしました?」


 美土里だった。


「——宇佐美さんが、逃げろって」


 自分が泣きだしそうな顔になっているのに、シホは気づかなかった。

 美土里はドアを大きく開けた。


「中にお入り下さい」


 


 

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