第6話 ゼロ号室の客②
彼女は黒のチュニックワンピースにグレーのエプロンをつけていた。
そのシルエットを見た瞬間、宇佐美の脳裏に、遊歩道から見えた黒い影がよぎる。
美土里は、受付前の応接セットで朱美と向かい合って座っている。一見、落ち着いた表情だが、その視線にはどこか探るような色があった。
テーブルには、朱美が持っていた姉からの手紙が置かれている。
宇佐美が近づくと、美土里は口角をわずかに上げ、「何でしょう?」と言いたげな表情を見せた。
宇佐美は笑顔を作り、朱美の隣に腰を下ろす。朱美はほっとしたように表情を和らげ、すがるような目を向けてきた。
「フェリーで朱美さんと知り合いました。
自己紹介すると、美土里は満面の笑みを浮かべて応じた。
「東京からいらした方ですね。ようこそ、お越し頂きありがとうございます」
「朱美さんのお姉さんは、こちらで働いていないんですか?」
美土里は笑顔を崩さぬまま、ゆっくりと首を振った。
「先月、お客様としてお見えになりましたが、三泊ほどしてお帰りになりました。フェリーの乗船名簿をお調べになれば、分かって頂けると思います」
「僕たちが遊歩道を上がって来る時、手を振って出迎えてくださった方がいました。朱美さんは、お姉さんだと思ったようですが、あなただったんですか?」
美土里は、再び首を振る。
「ご予約の手違いがありまして、それどころではありませんでした。私はずっとペンションの中におりました」
では、朱美と藍子が見た人物は誰だったのか……?
「和恵さんの手紙に書かれている長期滞在の客は、いるんですか?」
美土里が「いいえ」と答えるまでに、微妙な間があった。その一瞬、彼女の視線が揺れたように見えた。
宇佐美は、受付前の廊下の奥に目をやった。
開け放たれたドアの前では、大型の扇風機がガタガタと不安定な音を立てながら回っている。その横には、
(あれが、物置を改装した部屋なのか……)
エアコンのない部屋に冷気を送るために、外に扇風機を置いたのだろう。
視線を反対側の廊下へ向けると、そこはさらに影が濃く、奥にはぽつんと、一枚のドアが見えた。
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