第7話 ゼロ号室の客③

 宇佐美は、薄暗い廊下の先にあるドアを指さした。

「あの部屋を見せていただけませんか?」


 美土里は口角をわずかに上げ、静かに首を振った。

「プライベートな部屋です」


 その瞬間、階上から女性の悲鳴が突如響き渡った。


 美土里と朱美が驚いて顔を見合わせ、上を見上げる。

 宇佐美はすぐに階段へ向かった。

 階段下では、タバコを口にしたままのとおるが怪訝そうに上を見上げていた。


「なんなの? 騒々しいわね」

 杖をついた梅子も部屋から出てきて、眉をひそめた。


 宇佐美が階段を駆け上がる途中、再び別の女性の悲鳴が上がる。


「どうしました!」


 声を張りながら部屋の扉を開けると、三人の若い女性が泣きじゃくっていた。


「ひどいよ……」

 ユカが震える指先で部屋の隅のベッドを指さす。


 そこには、首が切り離されたマスコット人形が転がっていた。


「私たち、隣の部屋でライブ映像を見てたんです……」

 目に涙をためながら説明を始めたのはマミだった。

「……この部屋に戻ってきたら、こんなことになって……」


 ユカは涙を流しながら、人形の胴体と頭を抱きしめる。

「絶対に許さない……!」


 一方、シホはしゃがみこんで声を殺してすすり泣いていた。


 宇佐美は困惑しながら、泣きじゃくる彼女たちを見つめた。その背後から、静かな声が響いた。


「手当させてください」


 振り返ると、いつの間にか美土里が現れ、女の子たちに頭を下げていた。

「私にお任せください」


「お願いします」

 ユカとマミが頭を下げる。シホも涙を拭いながら顔を上げた。


「何か、なくなっているものはありませんか?」


 宇佐美は部屋を見回したが、荷物らしいものは何もなかった。


「荷物は全部隣の部屋です」

 マミが答える。

「ここは寝落ちする人の部屋にするつもりでした」


 宇佐美は部屋の出入り口とは別のドアに目を向けた。ドアノブに手をかけようとすると、マミとユカが慌てて止める。


「やめてください!」

「散らかってるからダメ!」


 トイレやシャワールームがあるらしい。そのドアを挟んで、隣の部屋とこのシングルルームがつながっているようだった。


「この部屋に鍵はかけていなかったんですね?」


「使ってない部屋だし……」

 マミがユカと視線を交わす。


「こんなことする人がいるなんて思わないもん」


 宇佐美の問いを非難と受け取ったのか、ユカはむくれたように唇をとがらせた。


 ——なんにしても、これは器物損壊だ。


 犯人はこのペンションにいる。

 朱美の姉の件も気になる。


 宇佐美は決意を固め、美土里に向き直った。

「お部屋、空いていますか? 今夜泊めてください」


 美土里は口角をわずかに上げ、うなずいた。

「すぐにお部屋のご用意をいたします」


「よろしくお願いします」


 頭を下げた宇佐美の脳裏に、休暇を願い出た時の上司の不機嫌な顔がよぎった。


 スマホは使い物にならないため、受付の電話を借りて、上司の九我くがの携帯にかけた。




「申し訳ありませんが、もう一日休みます」


『俊介君。拗ねてないで、早く帰っておいで』


 気持ち悪い。

 九我に下の名前で呼ばれたことなどなかった。


「何かありましたか?」


『会いたがっていた女と会えそうだぞ』


 宇佐美は思わず息をのむ。

「居場所がわかったんですか?」


『母親がお前になら教えてもいいと言ってきた。人気者だな』


「よく話す気になりましたね」


『婆さんの気が変わらないうちに、帰って来い!』


 九我の声が鋭く響いた。



 


 


 

 

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