第4話 翠眼様②

 遊歩道は勾配がややきつかったが、木々の間からのぞく海からは、爽やかな風が吹いていた。


 朱美が先頭を歩き、そのすぐ後ろに藍子。

 藍子から少し離れて、三人の推し活女子たちが写真を撮りながら歩く。

 宇佐美はしんがりをつとめた。


「よく、こんなヘンピな島に来ようと思ったね」


 藍子が振り向き、女の子たちに声をかけた。


「私、以前ここに来たことあるんです」とマミが答える。「ネットで仲良くなって、会いたくなっちゃって、ライブのついでに旅行しないかって、二人を誘ったんです」


「みんな今回初めて会ったんでしょ? SNSやってた時と感じが違うな、なんてお互いに思わなかった?」


「推し愛でつながってますから、全然大丈夫です」と黄色のシャツのユカ。「前にネットで知り合った人と、名古屋のライブで待ち合わせしたら、男だったんですよ! ずっと嘘つかれてて、マジムカついた!」


「心は女の子的なやつ?」とマミ。

「だったら大歓迎だけど、フツーにナンパ」

「最低だ!」


 ずっと黙って歩いているシホが、びっこを引いているのに宇佐美は気づいた。


「靴ずれですか? 絆創膏ありますよ」と宇佐美はカバンから救急セットを取り出す。


 長い髪をツインテールにしたシホは、ペコリと頭を下げた。ローヒールのパンプスとレースのソックスを脱いで、宇佐美から絆創膏を受け取る。

 シホの踵は真っ赤に腫れて、血が滲んでいた。


「僕のサンダル使って下さい」


 宇佐美がカバンからスライドサンダルを取り出して、ウエットティッシュで拭き出すと、女の子たちから歓声が上がった。


「すごーい!」

「女子力高いですね」


 宇佐美は、どうもと笑いながら、絆創膏を貼るシホに肩を貸した。


「宿に着いたら、靴ずれ防止のパッドがあると思うよ」


 藍子がそう言った時だった。


「お姉さんだわ!」


 先頭を歩く朱美が指をさした。


「あの、手を振ってる人?」と藍子。


 屈んでいた宇佐美も顔を上げた。

 確かに崖の上の白い建物の前で、黒い影が手を振っている。

 ただ逆光で顔は全く見えなかった。


「あら、行ってしまったわ」と朱美。「迎えに来てくれればいいのに」


「マイクロバスが着いて、忙しい時なんじゃないの?」と藍子は歩き出した。「みんなもうすぐ黒岩が真上から見れるよ——でもね『翠眼様すいがんさま』の眼玉は海から見るのはいいけど、真上から見ちゃダメなんだよ」


「どうしてですか?」とユカ。

「『翠眼様』がこっちを見て、目が合っちゃうんだよ」

「マジ? 岩の眼玉がこっちを見るの?」

「そうだよ——そしてね『見たなー』って恐ろしい声がして、海に引きずり込まれちゃうんだ」


 藍子は怖がらそうとして、不気味な声を出したが、マミとユカは「メッチャ怖いね」と大笑いした。


「昼間は、眼玉が現れないんですよね」とユカ。


「そうだよ」と藍子は立ち止まり崖の下を指さした。「今は『翠眼様』のお休みタイムだから、見つからずにきれいな海が見れるよ」


 女の子たちはキャーキャー言いながら、身を乗り出して写真を撮った。


 確かに、藍子が示した黒岩の下は、宇佐美が今まで見たこともない、美しい翡翠色——それも翡翠の中では最上級の、琅玕と呼ばれる色合い——をしていた。

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