第17話 二人目の犠牲者①
和恵がこの『
明るく染めた短い髪に手をやり、困惑した顔で宇佐美を見る。
「和恵さんの写真は、ありますか」
宇佐美に言われて朱美は、スマホを開いた。
指先には桜貝のような淡いピンク色のネイルが塗られ、手首にはピンクゴールドの細いチェーンが光っている。
朱美が写真を探す間、宇佐美はそっと部屋を見回した。
ブランド物のナイロンのリュックが荷物台の上に乗っている。
化粧品の類は洗面所にあるのか、まだ荷ほどきしていないのか、部屋には他に朱美の私物が見当たらない。
「母のお葬式の時の写真ですが——」
朱美は喪服を着た人々が写る集合写真を宇佐美に見せた。
その中の、一人の人物を指で拡大する。
「これが、姉です」
和恵はメガネをかけ、口をへの字にして写っていた。
体型は小柄で小太り。
崖の上で手を振っていた影と、シルエットが合致する。
「お母様は、ずいぶんお若いうちに亡くなられたんですね」と、宇佐美は気の毒そうな顔をしながらスマホを朱美に返した。
「前の年に父が亡くなりまして、看病疲れが溜まっていたのか、膵臓ガンであっけなく逝ってしまいました」
「お姉さんが受け継がれた株を売却したとしたら、どのくらいの額になったか、お分かりになりますか?」
「五千万ほどになると言ってました……あのぉ、宇佐美さん」と朱美はまた困った顔をする。「私、不動産に詳しくないんですけど……五千万で、ここを買えるんでしょうか?」
わかりませんと宇佐美は答えたが、もしその金額で和恵が『翠眼亭』を買いたいと言ったなら、美土里は激怒するだろう。
この屋敷は美土里にとって値がつけられるような代物ではないというのに、五千万はあまりに安すぎる。
和恵は東京の中古マンションを買うような気持ちでいたのか?
「失礼ですが、親御さんは随分と多額のお金を遺されたんですね。姉妹で五千万ずつお受け取りになったんですか?」
「いえ」朱美は苦笑いした。「——母の遺言で、私は不動産を貰いました。家族で住んでいた古い団地の一室です……今、夫と賃貸のアパートで暮らしているんですが、将来子供が出来た時のことを考えて、ローンが終わった家に住む方がいいだろうって、母に言われたんです……でも姉とは、そのことで仲違いしてしまいました……姉は実家から一度も出たことのない人で、そこに一生住み続ける気でいましたし、水回りなんかをリフォームした時の費用も半分は姉が出していたんです……それなのに私の名義になってしまい……母のお葬式の時にも散々嫌味を言われました——」
ところが蓋を開けてみたら、親たちが遺してくれた株には想像以上の価値があることがわかったようだ。
「テレビとかだと、株で損したとか暴落したとかのニュースばかりじゃないですか。母の死後パソコンで調べて、姉はびっくりしたみたいです。退職金と合わせて計算したら、もうあくせく働かなくっていいって、喜んでいました」
おかげで姉と和解が出来たと、朱美はクスリと笑った。
「私にも家賃を払ってくれるようになりました」
不動産を貰ったはいいが、そこにはいかず後家の姉が家賃も払わずに、居座り続けていたようだ——管理費や修繕積立金などの費用は名義を引き継いだ朱美が払わざるを得なかったのかもしれない。
そして株——全て売却して五千万という金額は、朱美が受け取った実家の部屋と同等額なのだろうか?
死を目前とした母親は、娘の幸せをあれこれ考えて、後は姉妹で仲良くやってくれると期待したのだろうが、話を聞いているだけで朱美と和恵の間の軋轢が容易に想像できた。
「私、姉に男の人が出来たんだと思っていました。それで、この島に移住する気になったのだと——」
「男性の話を和恵さんから聞いたんですか?」
朱美は笑った。
色白の愛嬌のある顔だ。たいていの男から好感をもたれてきたことだろう。
「だって幸せじゃなかったら、島に来てなんて、私に手紙を寄越したりしませんよ」
その時、廊下を歩くサンダルの音がした。
宇佐美は「ちょっと失礼します」と立ち上がり、スリッパを挟んだドアを開けた。
シホが目を丸くして立っていた。腕に梅子の杖を抱えている。
「お部屋にいて下さい」
「……」
シホが何か言いかけた時、右翼の一番奥の部屋のドアが開き、マミが顔を出した。
マミのすぐ後ろにユカもいたが、ユカはすぐに顔を引っ込めた。
「宇佐美さん!」マミが大声を出しながら小走りでやってくる。「梅子さんが部屋にいません。下の自分の部屋に行ったんだと思います」
さっきの足音か——。
「みなさんは、お部屋にいて下さい!」
宇佐美は部屋を出ると急いで階段を降りた。
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