第27話 竜人
階段を下りたユカは、そっと皆から離れた。
停電で辺りは真っ暗だ。
ライトを消せば闇に紛れることが出来た。
赤と青のライトが受付に向かっていくのを見て、ユカは壁に触れながらそっと歩き出した——梅子の部屋へと。
自分の恥部が満載のスマホを、早く返して貰いたかった。
部屋中探しても見つからないのだ、梅子が持ち出したに違いないとユカは確信していた。
ここまで離れれば大丈夫だろうとユカは、自分のペンライトを点けた。
黄色の光を頼りに梅子の部屋の前に立った途端、誰かの手が肩に乗せられた。
ユカは危うく声をあげそうになった。
「離れちゃ、だめよ」
朱美だった。朱美はユカが貸した黄色のライトを持っている。
「早く、みんなのところに戻りましょう」
スイーツ寄り系大人女子は苦手だと、ユカは朱美の事を見ていた。
華奢なストラップサンダルが似合う細い足も羨ましすぎるし、ウエストが細いのに胸はボリューミーって、どんな魔法だよと突っ込みたくなる。
だが、藍子の幽霊話を本気で怖がる朱美は、ちょっと可愛い。
フェリーの化粧室で見かけた朱美は、プチプラの化粧品を使っていたし、意外と庶民かもと思い直していた。
「梅子さんに、声をかけようと思って……」
ユカが言うと、朱美はうなずいた。
「そうよね。一人で、いるんですものね」
——そうだ。梅子は一人で暗い部屋にいる。
それなのに、なぜ出てこないんだろ?
大騒ぎしそうなのに……。
それとも、眠っていて、停電に気づかないんだろうか?
ユカは梅子の部屋をノックした。
だが返事はない。
「ここじゃ、ないかも。もうみんなと一緒かもしれないわ」
朱美は早く去りたがったが、ユカは扉に耳をピタリとつけた。
「——中から、音がする」
ユカはまた扉を叩いた。
やはり返事がないので、ドアノブに手をかける。
鍵はかかっていない。
静かに扉を開けた。
「梅子さん? 寝てる?」
暗い部屋をライトで照らした。
窓が空いている。
強い風がカーテンを揺らし、月明かりでそこだけほのかに明るかった。
梅子の車椅子が見える。
誰かが背を向けて座っていた。
「梅子さん? 私のスマホ持ってった?」
相手は無言だ。
——この人、違う!
小柄な梅子は車椅子に埋もれるように座っていたが、目の前の人物は、広い肩を見せている。
——梅子さんじゃない!
すくみ上がるユカの前で、その人物はゆっくりと立ち上がり、振り返った。
その顔を見るやいなや、ユカはパニックを起こした。
悲鳴を上げて、足をもつれさせながら部屋から這い出た。
顔が人ではなかった。
青銅色の竜だった。
部屋の前で腰を抜かし、震えていたユカは、青い光がやってくるのを見て涙が溢れてきた。
「シホ‼」
「ユカさん! 無事ですか!」
宇佐美の声を聞き、更に安堵した。
青い光を手にした宇佐美が、ユカの前に膝をつく。
「怪我はありませんか?」
尊い!
思わずひれ伏したくなる。
「宇佐美様! 竜です! この中に、竜族がおります! ドラゴニュートです!」
宇佐美の後ろからマミが現れた。
つかつかとユカに近づき、ユカの頭を叩く。
「バカっ! 勝手にいなくならないでよ!」
マミの横で、シホも目を赤くしている。
ユカも泣けてきた。
シホとマミに向かって腕を大きく広げる。
「同士よ!」
ユカが言うと、二人は両側から肩を抱いてくれた。
二人のぬくもりを感じながら、ユカはまた涙が込み上げてきた。
「部屋の鍵は開いていたんですか?」
宇佐美が青いライトをかざしながら部屋に入っていく。
「気をつけて下さい! マジで竜がいますよ!」
「会いたい」とシホがポツリと言い、立ち上がる。
「いや、リアルは怖いって!」とユカはシホのスカートを引っ張って止めたが、行ってしまった。
「私も」とマミもシホのすぐ後に続く。
みんな一緒なら怖くない。
ユカも立ち上がった。そっと部屋の中を覗く。
——車椅子は同じ位置にあった。
だが、誰も座っていない。
相変わらず、窓から入る風の音がうるさかった。
淡い月明かりの中、シホとマミが並んで立っていた。
マミは赤いライトを持った手をぶらりと下げている。
二人の視線の先に、宇佐美の背中があった。
宇佐美は青いライトを頼りに、床を調べているようだ。
ユカはライトを宇佐美に向ける。
ストラップサンダルを履いた細い足が見えた。
「みなさん、この部屋からすぐに出て下さい!」
宇佐美の声は怒っているように厳しかった。
「ここは殺人現場です。閉鎖します」
ユカはまた、ズルズルと崩れ落ちた。
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