第26話 闇夜の逃亡者⑥

蒼真そうまが帰って来ました!」


 美土里は赤いライトを手に、観音開きの玄関扉に向かって走り出した。


「待って下さい!」宇佐美は美土里を制する。「僕が確認します!」


 ライトに照らされた美土里の顔は怯えている。


「……蒼真じゃなかったら、誰がやってくるんですか——」


 宇佐美は優しく美土里の肩を抱くと、受付前に置かれた椅子に座らせた。


「みなさんも、こちらに座っていて下さい」


 青いライトを持つ藍子とシホは並んで、美土里の正面の長椅子に座った。

 シホの感情は読めないが、口を真一文字にして腕を組む藍子は明らかに緊張している。


「ユカを……」と赤いライトを持って立ち尽くすマミの声は、震えていた。「探してくる……」


 私もというように、シホが腰を浮かせた。


「僕が探します。みなさんは、ここから動かないで下さい」


 静かだが厳しい声で宇佐美が言うと、マミは近くのスツールに腰を下ろした。


「……なんなのよ……なにが、起きてんのよ……」と呟き、力なく項垂れる。


 扉を叩く音は続いていた。


「お借りします」と宇佐美はシホから青い光を放つペンライトを借りた。

 足早に玄関扉に向かう。




「どなたですか?」


 宇佐美が言うと、扉を叩く音は止んだ。


「宇佐たん? 俺だよ!」


 とおるの声だった。

 鍵を外し、扉を開けると、激しい風と共に、全身ずぶ濡れの透が入って来た。


「真っ暗じゃん!」と透は目を丸くしながら宇佐美を見る。「停電なの? なんで、青ライト?」


「みなさん、透くんが戻りました」と宇佐美は女達に向かって言った。「心配いりませんよ」


「蒼真は! 蒼真はいますか!」と美土里が、らしくない甲高い声を出す。


 透は宇佐美の耳元に囁いた。「あいつ、逃げたよ。俺のこと海に突き飛ばして、ボートで逃げた……母親の前じゃ言えないけど、あいつ、マジでやばいぞ、手口がプロい。本物のワルだ」


「警察への連絡は?」

「それはやった。島で人が殺されて、犯人はボートで逃げてる、警視庁の宇佐美さんが一人で捜査してるって、電話した」


 訂正箇所はあるが、そこはまあいい。

 宇佐美はジャケットを脱いで、透の肩にかけた。


「蒼真は、ホウショウとかいう奴と連絡してた。ゼロ号室を調べに刑事が来てるから、早く部屋の荷物を持ち出そうとか言ってた」


「ホウショウ?」


 藍子の夫の宝生のことだろうか?


「……俺のこと、信用してくれたのに、ごめんな……蒼真を逃しちまった……」


 しょげる透に宇佐美は頭を下げた。「ありがとうございます。危険な目に合わせてしまって、すみませんでした」


 透は海から這い上がり、濡れた身体で強風の中ここまで来てくれた。

 宇佐美は心底感謝した。


「無事で良かったです」


 透は照れくさそうに、そっぽを向いた。


「あとで、お知らせすることがありますが、今は皆さんといて下さい」


 宇佐美がそう言った時——今日、三度目のユカの悲鳴が聞こえた。


「なんだよ⁉」


 驚く透をよそに、走り出した宇佐美は、内心安堵していた。


 とりあえずユカは、まだ生きている!


  








 


 

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