第9話 最初と最後にお茶を飲んだ者①

 宇佐美にタバコを取り上げられ、とおるはムッとした顔で睨みつけた。

 光の強い反抗的な目——その奥には、どこか傲慢な色が見えた。


 似ていると感じたのは、こういうところか。

 宇佐美は思った。


 ——あの人も、大人に従わなければならない時期は、強すぎる自我に苦しんだのかもしれない。


「食堂に行きましょう」

 宇佐美が歩き出すと、透が後を追った。


「先程、杖をついていましたが、梅子さんは歩けるんですね」

「気が向けば走れるんじゃないかな」


「透くんは、ここに来てからずっと梅子さんと一緒だったんですか?」

「そうだよ。家を出てからずっとだ。やっと解放された」


「お酒はどこで飲んだんです?」

「受付の時にウイスキーを買った。トイレ行くふりして飲んだ……婆さんのお守りなんて、飲まないとやってらんないよ」


 ——では、梅子が一人になった時間があったということか。


 宇佐美は、そう考えながらテラス席の灰皿にタバコの吸い殻を捨て、ガラス窓を開けて食堂へ入ろうとした。


「宇佐美様!」


 蒼真そうまが駆け寄ってきた。


「ランチを中断してしまい、申し訳ありません」


 そう言いながら、部屋の鍵を差し出す。


「お部屋にお食事をお持ちします」


 落ち着いた口調で、愛想の良い笑顔を向ける蒼真。

 先程、藍子に子供じみた甘えた声を出していた人物とは、まるで別人だった。


「結構です」

 宇佐美は笑顔で鍵を受け取る。

「夕飯を楽しみにしています」


「俺、隣のシングル使っていい?」と透。

「金は払うから」


「宇佐美様さえよろしければ」


 蒼真が確認する。


 どうやら宇佐美の部屋も、三人の女の子たちの部屋のように、ツインとシングルが浴室を挟んで続き部屋になっているらしい。


「構いませんよ」


 宇佐美が答えると、透は「やったあ」と無邪気に喜び、小さく跳ねるように拳を握った。


 ついさっきまで反抗的な態度だったのに、この単純さはなんだろうか——。

 宇佐美は、少し拍子抜けしながらも、その子供っぽい仕草に、どこか素直さを感じた。


 蒼真は一礼し、立ち去る。


「部屋の鍵、ちょうだい」

 透は足取りも軽く後を追い、弾むように蒼真の隣へ並んだ。


 蒼真の背中を見送りながら、宇佐美は考えた。


 ——年上の女に甘えるのが巧みな男なのか。

 和恵からも、猫なで声で金を引き出したのかもしれない。


 だが、人の本心など分かるはずもない。

 誰もが真実を語るとは限らない。


 宇佐美は、ガラス扉を開けて食堂へ入った。

 中には宿泊客たちがいた。


「白状しなさい! 勝手にこの子たちの部屋に入ったのは、あなたね!」


 杖を両手にして身体を支えながら、梅子が声を張り上げる。

 まるで犯罪者を糾弾すること自体を楽しんでいるかのように、生き生きとして見えた。

 その後ろには、三人の女の子たち。

 四人の女に視線を向けられた今井は、おどおどと肩をすくめていた。


 そして、食堂の奥——

 宇佐美が座っていたテーブルには、朱美と藍子の姿があった。


 まるで舞台劇のようだ、と宇佐美は思う。


 中央では派手な悲喜劇がライトを浴びているが、本筋は舞台端で進んでいる。

 宇佐美は、舞台の端にいる藍子たちに目を向けた。


 ——人が何を考えているのかを推し量るのは、意味がない。

 言葉は鵜呑みにできない。

 唯一、信じられるのは、その人物の行動だけだ。


 宇佐美が今まで観察してきた中で、不可解な行動を取った人物が一人だけいる。


 だが、分からない。

 人形の首を切ることに、どんな意味があるのか。


 ——手品と同じか?

 派手な動きを見せておいて、裏で何かを進行させているのか?


 ——いったい、それは何だ?


 美土里がワゴンを押しながら入ってきた。

 その上にはポットとティーカップがいくつも並べられている。


「みなさん、お茶はいかがですか?」


 美土里はにっこりと微笑んだ。

「私共が栽培したカモミールで作ったお茶ですよ」


 客たちを見回すその表情は、堂々として優雅だった。


 また一人、役者が上手より登場した。

 宇佐美は鋭く、舞台上の役者たちを観察する。


 


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