第16話 スマホに写っていたもの
「やっぱり、女の子はいいねえ」
マミとユカに支えられ、ベッドに座らせてもらった梅子は、満足そうに頷いた。
シホは、梅子の荷物と杖をベッドの脇にそっと置く。
「私は息子しかいないから、ずっと娘がいる人が羨ましかったのよ。男なんかダメね。結婚したらお嫁さんに取られて、家になんて寄りつきもしないんだから」
「でも、お孫さんが一緒に旅行してくれてよかったですね」
マミが微笑む。
「
「透はね、亡くなった主人にそっくりなの」
梅子は嬉しそうに目を細める。
「うちの主人はね、日活のスターだったの!」
——ニッカツ?
マミには何のことか分からなかったが、話を遮るのも悪いので適当に笑っておいた。
ユカとシホも、分からない上に興味がないので黙っている。
「私もね、昔は女優を目指してたの。でも、家が厳しくってね。なんせ、元は華族——」
「梅子さん、もう休んだほうがいいよ」
ユカはそう言うと、大股で洗面所を挟んだ隣の部屋へ向かった。
——正直、もううんざりだった。
今井が亡くなり、食堂を出てからというもの、梅子はずっと自慢話や身内の愚痴を喋り続けていた。
部屋に荷物を取りに行くときも、階段を上がるときも——。
「そのうち宇佐美さんが話を聞きに来るから、今のうちに休んでおいたほうがいいですよ」
マミが優しく言うと、梅子は「そうね」と頷いた。
マミは梅子を寝かせ、枕の位置を整える。
シホがそっと布団を掛けた。
「洗面所のドアは開けておきますから、何かあったら呼んでください」
そう言って、マミは部屋の照明を絞り、隣の部屋へ向かった。
シホもマミの後に続いた。
部屋に入ると、ユカがニヤリと笑いながらスマホを振って見せた。
「マミたん、シホたん。アチキは、藍子さんがお茶を淹れてるところを動画に撮ったでアリンスよ」
「なんと、ユカ殿! それがしは、毒殺犯の証拠をお持ちでござったか!」
大げさに驚いてみせたマミが、すぐに素に戻る。
「よく撮ってたね。見せて」
「藍子さんを撮るつもりはなかったんだけどね、入っちゃったんよ。本当はさあ、宇佐美さんを隠し撮りしてたんよ」
ユカは赤い顔をしながら、スマホを開く。
「……あかんやんけ」
マミが呆れながら、スマホを覗き込んだ。
「美しいネコたちの戯れを、腐った私の魂が放っておけなかったんよ」
スマホの中で、藍子はお茶を淹れている。
だが、マミもユカも注目しているのは食堂の隅で並んで座る宇佐美と透だった。
「ホンマやぁ、めっちゃイチャコラしとるやんけ」
マミが感心したように言う。
「やっぱ恋愛は、美しい男たちのためにあるのだな」
ユカがニンマリする。
「ちっ、腐ってやがる」
マミが言うと、ユカは手招きしながら笑った。
「カモーン、もっと言って」
「透くんはいかにもだけど、宇佐美さんはネコじゃなくない?」
「タチって感じもしないぞ」
マミの反対側からユカのスマホを覗き込んでいたシホが、静かに言った。
「3Pの真ん中の人」
「……同意」
マミとユカが深く頷く。
——だが、動画は今井が苦しみだしたところで終わっていた。
「……何も映ってなかったね」
ユカがぼそっと言うと、マミが首を振った。
「しくった。しっかり見てなかった。もう一度見せて」
「何度観ても、アチキは宇佐美様しか目に入りませんわ」
ユカは再び動画を再生する。
「でもさ、これで毒殺犯が分かったとしても、宇佐美さんに見せられないよ——」
そのとき——。
「何か、証拠を見つけたの?」
不意にかかった声に、三人はギクリとする。
振り向くと、梅子が杖を突きながら立っていた。
「私にも見せてちょうだい」
「な、なんでもないです!」
ユカは慌てて自分のバックにスマホを押し込む。
「証拠があるのに宇佐美さんに黙っているなんて、間違ってますよ!」
「みんなでライブ映像観よっか!」
ユカはタブレットを取り出し、梅子に背を向けてベッドに座る。
シホも隣に座り、マミも決まり悪そうに背を向けた。
——しばらくして、梅子は隣の部屋へ戻っていった。
だが、梅子はそっと部屋を抜け出した。
音を立てないように、静かにドアを閉める。
ユカのバッグからこっそり抜き出したスマホを取り出し、画面を押してみた。
……何の反応もない。
さっきあの子たちは、指で押していただけなのに……。
そのとき——。
背後で人の気配がした。
振り返る。
そこに立っていた人物を見た瞬間、梅子の顔がわずかに強張った。
「——これ、宇佐美さんに渡す前に確認しようと思って……」
梅子は乾いた笑いを浮かべる。
「どうやったら映像が観られるのかしら? 指で押すだけよね? 殺人犯が写ってるなら、宇佐美さんに渡さないと——」
——そして。
八十年生きた梅子が、最期に見たのは——
残忍な殺人者の顔だった。
意識が薄れていく。
最後に聞こえたのは——
ペタペタと廊下を歩くサンダルの音だった。
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