第22話 闇夜の逃亡者②

「みなさん、最後に梅子さんとお会いした時の事を話して下さい」


 宇佐美が言うと、肩を抱き合う三人の女の子達は顔を上げて、宇佐美を見た。


「梅子さんが、ユカさんのスマホを持ち去ったんですか?」


 その時、宇佐美の後ろで誰かがドアをノックした。


『——宇佐美様、大丈夫ですか?』


 美土里の声だった。

 宇佐美がドアを開けると、美土里の後ろに藍子と朱美も立っている。


「心配いりません。部屋に戻っていて下さい……」


 言いながら宇佐美は、危惧した。

 マミ達一人ずつから話を聞いている間、自分が見ていないところで、三人目の犠牲者がでるかもしれない——。


「あのさあ、梅子さん、やっぱ外に出ちゃったんじゃないかな」と藍子が言い出した。「もう暗いし、道を外れて薮の中で迷ってるかもよ」


「『翠眼様すいがんさま』を拝もうとして、崖から落ちてしまったかもしれません」と美土里が胸に手を組んで、心配そうな顔をする。「前にもそういった事故があったんです」


「——失礼ですけど、ここって……」と朱美が美土里を気にしながら言った。「デるんじゃありません?」


「出る? 何がですか?」と宇佐美が朱美に聞き返すのと、マミとユカが騒ぐのは同時だった。


「神隠しですか‼」

「そーゆーこと⁉」


「——私、そのテの話は本当にダメなんです」と朱美は両腕で自分を抱きしめた。「さっきも隣の部屋から変な物音が聞こえてきて……気のせいだってわかってても、怖くって、たまらないんです……」


「朱美さんの隣って」藍子が床を指差す。たっぷり間を取り、階下の食堂に横たわる今井の遺体を皆に思い出させ、「今は、無人だもんね」と続けた。


 マミとユカがキャアキャア騒ぐ。


「死んじゃったおじさんの部屋だ!」

「自分が死んだことがわかんなくって、部屋に戻ってきたんだ!」


 騒々しいユカ達の声を背後に、「物音は、いつしたんですか?」と宇佐美は朱美に訊いた。


「——宇佐美さんが、私の部屋にいらっしゃる少し前です」と顔を上げた朱美は涙目だ。


「宇佐美様、ちょっと失礼致します」美土里が宇佐美に頭を下げた。「すぐに戻って参ります」


 立ち去ろうとする美土里を宇佐美は止めた。「ここにいて下さい」


 美土里は生真面目な顔できっぱりと首を振る。


「今井様に、お線香をお供えしようと思います」


「そうだよ」とマミ。「みんなで、お祈りしようよ」


「私、カップケーキお供えする」とユカは勢いよく立ち上がって、冷蔵庫を開けた。


 宇佐美はサッと、冷蔵庫に顔を向ける。

 中はペットボトルに入ったジュースやチョコレートなどお菓子が詰まっていた。


「私も、のど飴くらいしかないけど……持ってきます」と朱美は自分の部屋に向かう。


「私も、もう一本、水、持ってくるよ」と藍子も自分の部屋に向かった。「——ビールも供えるか……チータラも、あげちゃうか……どうせ飲めないんだし……」


「宇佐美様」と美土里。「今井様のお部屋を開けていただけませんか。お供え物を置く場所を作らせて下さい」


「お気持ちはわかりますが、被害者の部屋は開けられません。お供物は部屋の外に置いて下さい」


 宇佐美は美土里に頭を下げた。


 頭を下げながら、宇佐美の心は焦れていた。

 蒼真そうまとおるが港に向かってから一時間以上経っているが、二人共まだ戻って来ない。


 ——いったいあの二人は何をしているのだ。


 電波が通じる港まで行き、自ら応援を呼びに行きたいが、女たちを監視しなければならない宇佐美は、身動きが取れなかった。


 ——犯人は必ずこの中にいる。


「みなさん、お供えが終わったら、全員奥の201号室に集まって下さい」


 一つの部屋に集めていた方が見張りやすいだろうと、宇佐美は女たちに提案した。


「何かと不安でしょうから、全員で一緒にいましょう」


 苦情が出るかと思ったが、宇佐美の案に反対する者はいなかった。

 特に朱美は、よかったと安堵のため息をついた。

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