第49話 エピローグ②
宇佐美は入院先の病院で、供述調書に目を通した。
今回の事件に関わった全員分の調書は、かなりのボリュームだった。
「いつ退院できるんだ」と
厄介な事件の下駄を預けられてご機嫌斜めだ。
「珍しい毒だったようで、モルモットにされてます」と書類に目を落としたまま、宇佐美は答えた。
病院内の食堂はオフピークということもあり、人はまばら。
離れた席で、白衣を着た若者たちが時折笑い声を上げていた。
「被疑者死亡のまま終結となるが、特殊なケースだし、責任は問われないようだ」
「お骨折り、ありがとうございます」
朱美は宇佐美が打ち付けた木の間から手を伸ばしながら、苦悶の表情で死んでいた。
病室のベッドで写真を見せられた宇佐美は、訳が分からず唖然とした。
水酸化ナトリウムを飲んだようだと九我から聞いて、受付裏の小部屋にあったビンを思い出した。
宇佐美が保管場所に気をつけるように美土里に言っているのを聞いて、朱美は何かに使おうと、こっそり持ち出したのだろうか?
「窓枠に木を打ちながら、僕の考えを朱美さんに話したんです。ドアの前では、朱美さんがポットに異物を入れる所を見たという少女に、大きな声で証言をさせてます——捕まることを恐れて、自殺を図ったのでしょうか?」
「まさか死ぬとは思ってなかったのかもな——おまえに毒を飲まされたと、でっち上げる気だったのかもしれない。あの女、相当な食わせ者だぞ。親からも愛想をつかされていた。遺産相続が姉の和恵に偏った内容になったのも、生前朱美から金銭的に苦労させられたためのようだ」
朱美からの供述は取れないが、島で殺害された今井の日記から、朱美と今井の関係が分かった。
自宅から押収された日記によると、今井と朱美は婚活パーティーで知り合っている。今井は朱美を『運命の人』としてのぼせ上がり、金品を与えることを惜しまなかったようだ。
「朱美は夫から離婚を言い渡されて、慰謝料まで請求されていた。とにかく金銭感覚が無茶苦茶な女だったようだ。親から遺産を受けた和恵は、実家に住み続ける代わりに、朱美に家賃として生活費程度のものは、渡していたみたいだな」
ところが
「朱美は大事な収入源を失うと、腹を立てたんだろうな。普通なら自分が相続したマンションを売りに出すなり、新たな賃借人を探すだろうが、面倒なことが嫌いなのか、駅から離れた古いマンションに借り手はつかないとふんだのかは分からないが、姉の遺産を受け取る事の方が手っ取り早く金を得られると思ったのかもな——」
朱美は、何度かあの島に行っていた。
『翠眼亭』に立ち寄ったことはないが、港近くの
「例の黒岩は自殺の名所らしい、確かにきれいな海の色だが、あそこから落ちたら、浮かび上がってこれないようだ」
「今井さんを、黒岩から突き落とす気だったんですね」
「たぶんな。和恵の死亡が確認されないと遺産は手に入らないが、自分が殺人者として捕まるわけにもいかないしな——気の毒なのは、殺された今井さんだ。朱美の嘘をすっかり信じて『蒼真をこらしめるため』に島に行ったようだ」
九我は資料として添付された今井の日記のコピーを示した。
——朱美さんのお姉さんは、騙されてお金を貢がされたあげくに行方不明になってる。なんとかしてあげたい。姉はもうこの世にいないかもしれないと、朱美さんは泣いていた。僕にとっても義姉だ。島に行って、そいつをこらしめてやる——。
「今井さんは、朱美の計画も日記に細かく書いていた。几帳面にメモを取るタイプだったみたいだな」
「ええ。自分が飲んだお酒の種類と分量も書き残していました」
九我は苦笑いした。
「以前は断酒会に通ってたみたいだ。朱美が使った抗酒薬も、今井さんが医者から処方されたものだった。だが朱美と出会って『我慢ばかりの人生より、今一瞬の喜びを大事にする』ことにしたようだ——」
今井が朱美に頼まれたのは、黒のチュニックワンピースを着て『翠眼亭』に和恵がいるように見せかけたことだけ。
電話の不通や停電、バスのタイヤをパンクさせたのも、宇佐美が警察官だと知った蒼真が、宇佐美を足止めするためにやったことだった。
「朱美さんは、黒岩から今井さんを突き落とす計画を、変更しなければならなくなったんですね」
「どうしてだと思う?」
「首を切られた人形のせいですか?」
宇佐美が言うと、俺には分からないと、九我は蒼真の調書を開いた。
「蒼真は朱美と最後に会った時、スマホの処分を頼まれている。今井さんを殺害した時の証拠を撮られたと朱美は言ったそうだ——蒼真は今井さんの殺害に朱美が関わっていることを聞いて、かなり慌てたようだが……朱美は、仕方がなかったと言ったそうだ——
俺はと、九我が眉を寄せる。「今井さんが人形の首を切ったとは、思えない」
意見を求められるような目で見られたが、宇佐美は何も言わなかった。
「
「——今井さんでは、なかったんだと思います」
「誰だ?」
宇佐美は視線を逸した。
しばらく逡巡する。
「——声が大きく、よくしゃべる少女を、下品で美しくないと感じた子供の仕業かもしれません……首を切られた人形の前で、その子は泣いていました……自分がしたことを後悔したのだと思いたいです」
「その子を追求した方がいいのか」
「僕に任せて下さい。退院したら、彼女に会いに行きます」
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