第11話 最初と最後にお茶を飲んだ者③

「……その人……死んじゃったんですか……」


 動かない今井を見ながら、マミが恐る恐る宇佐美に訊いた。

 椅子に座った梅子も口を開けたまま、今井を見つめる。スカートを脱いだ梅子はベージュの下着が露わになっていた。


 宇佐美は、息を引き取った今井から離れて、藍子の側に行くと脈をみた。


「——大丈夫だよ……めまいと、ちょっと吐き気がするだけ」


 床に仰向けになった藍子は、辛そうに目を閉じている。


「……これが、死臭?」とマミが顔をしかめた。「……すごい、ヘンな臭いがする……それとも、毒の臭いなの?」


 梅子はマミの腕を掴んだ。「——早く、身体洗わないと……足にまだ、毒が付いてるかも……」


「お二人は二階に行っていて下さい」宇佐美は転がっていた梅子の杖を手渡した。「立てますか?」


「……無理ですよ……こんなことが、あって……ショックで、立てませんよ……」と梅子は弱々しい声を出した。


「でも、宇佐美さん……変ですよ……」とマミは不思議そうな顔をする。「私、ずっと見てました。美土里さんがお茶を持って入って来たのも、藍子さんがカップにお茶を入れるのも……ずっと、見てました……でも、誰も、何も、ポットに入れてません……」


「この部屋に来る前に、あの女が入れたんですよ!」と梅子が腹立たしげに言う。「客を殺すなんて! 頭おかしいんですよ! 私が飲んでたかもしれないのに!」


 マミは首を振った。


「藍子さんは、お茶の濃さを均等にするように、全てのカップに少しずつお茶を注いでいったんです……それなのに、私達はどうしてなんともないんでしょうか?……最初に飲んだ今井さんと、最後にお茶を飲んだ藍子さんだけがやられる毒って……そんなのあるんですか?」


「わかった! カップよ!」梅子が叫んだ。「カップに毒が塗ってあったんだわ!」


 宇佐美は何も言わなかった。

 テーブルにかかっているクロスをはぐと、今井の遺体の上にかけた。


 美土里が小走りで食堂に入ってきた。


「人殺し!」梅子は美土里を指さした。「いますぐ警察につきだしてやる!」


 何があったんでしょうかと、美土里が宇佐美に目を向けると、他の者が次々と部屋に入ってきた。


「おじさんの薬あったよ!」とユカが笑顔で入ってくる。その後ろにいるシホは顔色がよくなかった。


「藍子さん! 胃薬、飲んで!」と朱美がペットボトルの水と薬を手に、藍子の側にかがみ込む。


「いけません! 医者が来るまで何も飲ませないで下さい!」


「あのお、宇佐美様……」蒼真そうまがすまなそうな顔をした。手に救急箱を持っている。


「電話、使えなかったよ」ととおるは、床に転がっている青いテーブルクロスに包まれている塊を見ていた。「故障みたい……」


「今から、港に行って連絡してきます」と蒼真は救急箱をテーブルに置いた。蒼真の視線もクロスに包まれた塊に釘付けだった。


「透くん、蒼真さんと一緒に港に行って、医者と警察を呼んで下さい」


 なんで俺が? という顔で透は、宇佐美を見た。

 宇佐美はジャケットから警察手帳を取り出した。


「警察庁の者です。今から全員、僕の指示に従ってもらいます。みなさんそれぞれの部屋に戻って下さい。中から鍵をかけて、僕がお話を伺いに行くまで、誰も中に入れないで下さい」

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