第46話 黒い海⑦

 宇佐美、藍子、美土里の三人は『翠眼亭すいがんてい』の裏に作られた見晴台で、夜の海を見つめた。

 確かに沖合には、たくさんの船の明かりが見える。


 ユカから借りた双眼鏡を覗きながら、宇佐美は怪しんだ。

 船は停泊したまま動かない。事件の捜査に駆けつけたのなら、なぜ港に来ないのか謎だ。


「貸して」と藍子が宇佐美から双眼鏡を取り上げた。


「漁船ではないのですか?」と宇佐美は、藍子に訊いた。


 藍子は宇佐美の質問に答えず、美土里に双眼鏡を渡す。「どう思う?」


「漁船ではありません」と双眼鏡を覗きながら美土里が言った。「見たことのない船です。数も多いですね」


「やっぱ、敵が攻めてきたんですか?」と、三人の後ろからユカが不安気に言う。「宝生一味が——」


「だから、うちの旦那は関係ないよ」と藍子。「これだけの船、動かす力もない」


 シホは私もと、美土里から双眼鏡を受け取った。

 レンズ越しに夜の海を見ながら、「光が、いっぱい……きれい……」と小さく呟く。


「あんたの仲間かい?」と腕組しながら藍子が宇佐美を睨む。


 正直、宇佐美には判断がつかなかった。

 とおるの連絡を受けた警察官が、応援に来てくれたと思いたいが、そうとも言い切れない。


「美土里さん、美術品を安全な場所に移すんだよね。早く行こう」と藍子は焦れた。


「どこに移すんですか?」と宇佐美。


「私の部屋に地下通路があります。港とは反対側の入江に繋がっているので、そこに持って行きます」と美土里は宇佐美を見上げる。


 本当にそんな必要があるのかどうか、宇佐美の指示を待っているような顔つきだ。


「急ぎましょう」と宇佐美。「全員でそこに避難します」


 美土里は「はい」と強くうなずいた。


「マミ達は、キッチンにいます。戦いの準備をしてます」とユカ。


 宇佐美は顔をしかめた。

 得体のしれない相手に対峙した時は、速やかに逃げるのみだ。




『翠眼亭』の厨房は、遊戯室にあったキャンドルが運び込まれていて、部屋中が明るかった。

 だが灯油の臭いがひどい。


「みんな、無事だったんですね!」


 宇佐美達が厨房に入ると、調理台に向かっていたマミが手を止めて、顔を輝かせた。

 マミは発泡スチロールを細かく砕いている。


「宇佐たん! 心配してたよ!」と透が奥から駆けつけたそうな顔をするが、手が放せないようだ。

 透は床に座り、ビンに灯油を注ぎ入れている。


 透の隣にいる蒼真そうまは、宇佐美を見てサッと顔を伏せた。

 蒼真は砕かれた発泡スチロールをビンに詰めている。


 宇佐美は、青ざめた。


「……みなさん、何をやってるんですか……」


「モロトフ・カクテルです!」マミが堂々と言い放った。

「マミさんに言われて、武器作ってます!」と透は笑顔。

 蒼真も手を動かしながら、うなずく。


「すぐに止めなさい!」と宇佐美が大声を出した。


 銃刀法違反の次は、火炎瓶処罰法違反——宇佐美は頭がクラクラしてきた。


 だがマミは言い返してくる。「私は戦います! もう暴力に屈したくないんです! 話し合えば分かり合えるなんて幻想捨てます!」


「マミは、宇佐美様をおびき出すエサにされたのが、悔しいんです」ユカが蒼真を指差しながら、睨みつけた。「宇佐美様と話し合った方がいいって、マミは、あいつを説得したのに——」


「俺だよ俺」と、透がニコニコと宇佐美に手を振る。「この二人の縄といて助けたの俺だからね! 蒼真が縛って、俺が助けたの!」


「君は、宇佐美さんがやられている時に眠りこけてたよね!」とマミが透を冷ややかに見る。


 透は途端にシュンとなり、手を下ろした。


「(……別にやられてません。薬をかがされただけです)とにかく、すぐに作業を中断して、全員で安全な場所に避難します!」


 宇佐美が言うと、藍子が宇佐美の肩を叩いた。


「まあまあ、これはこれで使えるんじゃない?」と完成した火炎瓶を手にする。「美土里さんの美術品をみんなで運んでてよ、私はさっきのボートで、港に行く。知り合いに片っ端に連絡しまくってくるよ。フェリーの職員も漁師も知ってるからさ、みんながいる入江に救助に向かってもらうよ」


「火炎瓶は置いて行って下さい」と宇佐美。


「マミちゃんが、せっかく作ってくれたんだからさ、使わせてもらおうよ」


 そう言ってから藍子は、宇佐美にそっと耳打ちした——こっそり処分しとく。

 

「(この人、使う気だ!)……」


 シホは、美土里の服をちょんと、引っ張った。「薬、効いてなかったね」と小さく言いながら、蒼真をそっと指差す。


「そうですね」と美土里が顔をしかめた。「当分、眠り続けると思ったのに」


 シホは自分が傷つけてしまった宇佐美の左膝を見た。

 歩きにくそうにしているのが気になって仕方なかったが、ナイフに塗られた毒も、効き目がなかったのかもしれない——。

 そう思い、シホはホッと安堵した。




 


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る