第20話 二人目の犠牲者④

 藍子の部屋を出ようとドアノブに手をかけた宇佐美は、廊下を歩くサンダルの音を微かに聞いた。

 急いでドアを開ける。


 藍子の部屋のすぐ横の階段付近に、美土里と朱美、マミ達三人が立っていた。

 宇佐美は女たちの所に向かった。

 皆は一様に宇佐美を見るが、ユカだけはすぐに顔を背ける。


「すみません」と美土里が宇佐美に謝った。「お部屋にお戻り下さいと、お願いしていたところです」


「宇佐美さん、一階に梅子さんがいないって、本当?」とマミが訊いてきた。「二階の部屋を調べてるの?」


 美土里がまた宇佐美に頭を下げた。「皆様には、正直にお伝えした方がよろしいかと思いまして」


「私の部屋を先に見て」と朱美が自分の部屋に向かった。「マミさん達は話があるみたい」


「私達、梅子さんに失礼な態度とっちゃったの……外に出ちゃったんじゃないかな?」とマミが不安げな顔をする。


 シホも何か言いたそうに宇佐美を見つめてくる。シホは食堂を出る時も話がありそうだったなと、宇佐美は思い出した。

 

 外の騒ぎが気になったのか、藍子も部屋から出てきた。

 腕に二リットル入りペットボトルの水を四本抱えてる。


「みんな、水いる?」とマミ達にペットボトルを手渡す。「安心して! キャップ、開けてないよ」


「みなさん、順番にお話をお伺いします」と、宇佐美は205号室の今井の部屋の鍵穴に鍵をさした。


 隣の206号室では朱美が部屋のドアを開けっ放しにしている。


 鍵を回し、宇佐美は部屋の扉を開けた。

 だがすぐに後手に扉を閉じて、廊下にいる女たちを見回す。

 

 藍子が朱美にペットボトルを渡していた。

 礼を言う朱美。

 マミとシホはペットボトルを抱えて、じっと宇佐美を見つめている。

 同じくペットボトルを抱えたユカは、マミの後ろで俯いていた。

 美土里は、何でしょうか?と言った顔で眉を寄せている。


「みなさん、どうぞお部屋にお戻り下さい」と宇佐美はにっこりと、後ろ向きに部屋に入った。




 部屋には、梅子がいた。

 目を見開き、床に仰向けに横たわっている。

 首に明らかな扼殺痕があった。


 宇佐美は手を合わせた。


 ——申しわけありませんでした。


 梅子が一人で階段を下りるわけないのだ。

 たとえ一人で歩けたとしても、いつも誰かに側にいて欲しくてたまらない人だったのだから……。


 宇佐美は美土里から貰ったゴム手袋をはめた。

 着衣に乱れはないが、梅子が指にはめていた指輪が失くなっている。

 模造品かもしれないがダイヤモンドに見える大きな石だった。


 今井の部屋を改めて確認した。

 

 確認しながら思う。

 犯人はどうやってこの部屋に入れたのか?

 今井の鍵は鍵がかかった食堂の中だ。

 唯一のスペアキーは自分が持っている。


 いや他にも合鍵があるかもしれない。

 美土里の言葉をそのまま信じるわけにはいかなくなった。

 外部からの侵入者でなければ、犯人はいま廊下にいる女たちのうちの誰かなのだ。


 宇佐美は冷蔵庫も開けてみた。

 ビールと日本酒の二合瓶が入っていた。瓶は殆ど残っていない。


 身体のために度数の高い酒を控えていただけで、今井は日本酒好きだったのかもしれない。

 この部屋を予約した者が今井でなく殺人犯だとしたらどうだろう。

 宿に連絡して、酒を控えようとしていた男の部屋に、好きな銘柄の酒を入れさせたのだとしたら——。


 そこまで用意周到に今井を殺害しようとしていたのか。


 そういえば梅子はフェリーに乗っている時から今井を怪しんでいたと透が言っていた。

 梅子は何かを見聞きしたのだろうか?


 犯人につながる手がかりはないかと、今井の手帳を一から調べた時だった。

 遠くで女の悲鳴が聞こえた。


 宇佐美は急いで部屋を出た。

 

 


 


 

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