第19話 お風呂

 愛奈ちゃんは、私のことどう思ってるかな。私は一緒に居て楽しいです。


 あっという間に家に着いてしまい、オネエ様が駐車場まで迎えに来てくれた。愛奈さんはこのまま泊まっていきたいとオネエ様に言うと、私の顔を見て「仕方ないわね」と笑った。


 愛奈ちゃんは了承されると思っていなかったらしく、何度も確認して喜んでいる。何時でも泊まれるように、お泊まりセットを車に乗せているらしい。



「ただいま」と言って家へ入る。ここが私とオネエ様の家なんだと実感して、この言葉を言うだけで幸せ。オネエ様はお風呂に入ったあとのようで、私たちも入ることになったのだが、愛奈ちゃんは私と二人で入りたいと言った。


 女友達と一緒に入浴するなんて、修学旅行以来だ。オネエ様が焦って全力で止めていたが、私は正直入ってみたい。流石にオネエ様がいるのに何かが起こることはないだろうし、結局二人で入ることになった。


 買ってきた下着は、一度洗濯してから着ることにしている。タグを切って洗濯カゴへ入れ、狭い脱衣所で脱いでいく。



 さっさっと愛奈さんは素早く裸になり、先にお風呂場へ入っていく。目の前で脱ぐのは恥ずかしかったから、丁度良かった。


 私も続いてガチャッとドアを開けると、愛奈さんは髪を泡でいっぱいにしている。


「お先ーってわざわざ隠してんの? 隠した方がエロいんだけど!」


 シャワーで私の髪を濡らしてくれて、愛奈ちゃんに背を向ける。


「洗ったげる!」


「うん、ありがとう」


 私は愛奈ちゃんに背を向けると、シャンプーをされる。触れられるのはくすぐったいが、心地良い。


 お互い髪を流し合って、リンスを付け合う。一人でできることをただし合っているだけなのに、こんなに楽しいのは愛奈ちゃんだからだろうか。


 髪を洗い終わり、タオルを泡立てて背中もお互い洗いあった。愛奈ちゃんの身体にもホクロが何個か見えて、「数えると増えるからやめてね」と言われた。


 ホクロって色っぽいなあ。くびれもあって、胸も大きくて程よくムチムチしている。理想の体型だと思う。それに比べて私はガリガリで柔らかくないし、もっとお肉が欲しい。


「沙蘭っておっぱいの形、綺麗! お椀みたい。丸って感じ」


「そ、そう? 愛奈ちゃんのは……柔らかそう」


「でしょ〜? 触ってみる?」


 私は恐る恐る胸の上の方を指の腹で触ってみた。モチモチだ。「沙蘭のも触らせてよ!」と鼻息荒く言われたので、全力で断った。残念そうにジロジロ見られたけれど、知らないフリをした。


 一緒に入ることを了承してしまったのは良くなかったのかな。愛奈ちゃんは私のこと恋愛対象として見てるんだよね。気をつけるべきだったのに。オネエ様はちゃんと忠告してくれていたのに、ワガママだったよね。


 嫌われたかな。急いで泡を流し、脱衣所に出た。愛奈ちゃんに悪いことをした。落ち込んでしまっているだろうか。


 何となく鏡に映る自分が見たくなくて、下を見ながら身体を拭いた。


 オネエ様が座るソファの隣に座ると心配そうに「大丈夫だった?」と聞かれた。


「愛奈ちゃんと私は友達になれないのでしょうか」


 私は自分の膝を見ながら問う。


「あの子は本当に……あのね、愛奈は恋多き女なの。一夜限りの関係を持ったりすることも結構あるくらいだし、ちゃんと断っていいのよ。友達でいたいなら言えば分かってくれるわ。だから大丈夫。大丈夫よ」



 オネエ様は、いつも欲しい言葉をくれて安心をくれる。そっか。いいんだ。ちゃんと言えばいいんだ。嫌われないんだ。


 数分経ってから愛奈ちゃんはお風呂から上がり「ごめんなさい」とバツの悪そうな表情で下を向いた。


 オネエ様が軽く叱責したあと、口を開く。


「これから愛奈ちゃんとは友達でいたい」


「許してくれる?」


「うん」


 頷くや否や、私たちの間に座ってきた。せ、狭い……でも楽しい。一瞬で明るくなった空気に安堵する。よかった、これからも一緒に居られるんだ。


 お互いの髪を乾かし合い、雑談しているとそろそろ寝る時間になった。愛奈ちゃんはソファで寝ることになり、夜更かしして昼に起きるから起こさないで欲しいとのことだ。


 やはり夜の仕事をしていると、寝たい時間に寝れなくなるんだ。大変なのに、笑顔で頑張って。


 私はそれに比べて仕事を休んで遊び呆けている。一ヶ月休職して、早く戻らないと。


 電車に乗れるようになって、出勤するところがまずは目標だ。次の受診で主治医に相談しよう。


 相変わらず部屋のドアを閉めるのが怖いので、開けっ放しにして布団へ入った。リビングには豆電球が付いているし、愛奈ちゃんもいる。大丈夫だ。薄くなってきたオネエ様の香りに包まれて、眠りに落ちた。



 愛奈さんと買いに行ってから、新しい下着を着ける日は特に気分が上がった。誰かに見られる訳ではないが、可愛いものを身に付けていることが気分を高揚させる。


 お風呂上がりに鏡の前でしばらく眺めるようになった。服も着ないで何をしているのだろうと自分でも思う。いっその事もっと可愛いものをつけたいと思うようになった。


 サイズが分かったことだし、ネットで買うのもありだと思う。太ったあと体重が安定したら、また新たに仲間入りさせよう。生きることを頑張る気力にもなるだろう。



 そして受診の日が来て、主治医にそんなに急がなくてもいいと言われたが電車に乗ることにした。一旦抗不安薬を飲んでから乗った方がいいとのことで、オネエ様付き添いの元で今、挑戦しようとしている。



 薬が効いてきて頭がボーッとする。オネエ様に手を引かれ、無事何も起きず電車に乗ることが出来た。正直薬の作用が凄すぎて、何も考えられなかったしこれじゃあ出来たうちに入らないと思った。



 次の日私は、薬を飲まずに再び電車へ乗った。



 扉が閉まっていく。プシューという音と共に扉が完全に閉まった。急に暗くて、狭くて、息苦しい感覚に襲われる。


 ああ、発作が起きてしまった。胸が押さえつけられるようで、息を吸っても吸っても苦しいまま。手が痺れてきた。周りの人にバレないように息をする。



 冷たい目で見られるような気がして、泣きそうになる。なんで私は電車に乗ることも出来ないの。何も出来ない癖に。こんな自分嫌だ。誰にも迷惑かけたくないのに。苦しい、苦しいよ。それと同時に自分が情けなくて堪らなくなる。

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