第37話 大学の友達

「もしもし」とスマホを耳に当てて言うと嬉しそうな声が聞こえる。平然としていて、前回のことはなかったかのようだ。空気が悪くなるのは嫌だし、私も気にしないでおくか。


 最近勉強の他にも家族間で色々あったらしく、忙しく過ごしているらしい。元気そうでよかった。次会うときは食事に行こうと言われ、ランチにしようと提案する。


 そういえば引っ越すこと言ってなかったな。そう思ってその話を切り出した。薫くんはかなり驚いている……というか理由が気になる様子だった。


 最近あった自分の中での事件について話すと、理解してくれたようだ。少し距離は離れるが、これからも仲良くしたいと伝えた。


 ちょうど彼も忙しいようだし、特に変わりはないと思うが。約一ヶ月ぶりだということもあり、すっかり話し込んでしまった。


 電話が終わる頃にはオネエ様はお風呂から上がっていて、いつの間に入っていたのだろうと思う程だった。私もオネエ様に続いて入浴し、いつも通り漫画を読んで早めに布団へ入る。


 今後の予定は久々に連絡した友達と会って、仕事を辞めて、引っ越す……忙しいな。ずっと行っていなかったが、ついに私は無職になるのか。


 社会人一年目でニート……先が思いやられるが、人生まだまだこれからだ。スタートして序盤で転けても、また走り出せばいい。私は百パーセントの力で頑張ったんだ。そう、一生懸命やった。もう悩む必要なんてない。


 それより引越しだ。人生の中でも大きなイベントだと思う。しっかり準備しないと。引越しシーズンと少しズレているから、比較的安く済むらしい。相場はよくわからないが、得をしたな。梱包は自分で行う。ダンボールは貰えるからありがたい。普段使わないものはもう詰め始めている。


 間に合いますように。ギリギリになって焦りたくない。オネエ様はまだ準備に取りかかっていないから、そんなに急がなくてもいいだろうが。今日は心身共に疲れていたからか、直ぐに眠ることが出来た。



 数日予定がない日が続き、梱包作業や掃除をした。オネエ様に準備が早いのではないかと言われたが、ソワソワしてしまうので仕方がない。引っ越す前にしておくことも入念に調べた。傷があったりするとお金を払わないといけないらしい。


 オネエ様は引っ越してきてすぐ証拠として、全ての部屋を写真に収めている。賢い行動だと思った。一人で生きていくのはなかなか難しいものだ。


 オネエ様はタバコを吸わないから、壁が異常に汚れることはない。ただでさえ身体に悪い上に高いのに、嫌なことばかりだな。吸わない人で良かったと思う。


 というような感じで、新生活に向けて着々と事が進んでいる。今から私は久々に大学時代の友達と会うのだ。適度な距離感で仲良くしていた友達は大勢いたが、今から会う友達は一番一緒に居たし遊んだ。


 私と同じく大人しめでおっとりした子だ。私はおっとりしていないか。軽く私が病気で休職していることは伝えた。そのお陰で相模原市まで来てくれるのだ。本当にありがたい。悲しいことに、今でも一人で電車に乗れないから。


 今日は昼ごはんを食べてからカフェでゆっくりする。彼女は電車で来るらしいので、駅までやって来た。母は前に家へ押しかけてきてから会っていない。あんなことがあってから会いに来るなんて、流石にないよね。怖い体験ではあったが、あれから平和な日々が過ごせている。やっと心の安らぎが得られるというものだ。


 改札前で待っていると、知っている顔が見えた。それなのに雰囲気が全然違っていて、かなり垢抜けた様子だ。元々彼女は上品でまさに『やまとなでしこ』だった。それが今は今どきの女性になった。


 ピンクがかった茶色のロングヘアを大きくウェーブ巻きにしている。大人っぽさも兼ね備えつつ、可愛らしさもある。彼女の持つバッグはブランド物のようだ。庶民的な服装をしていたし、そういうのは興味がないと言っていた。卒業してから一年も経っていないのに、こんなに変わるものなのだろうか。



「沙蘭ちゃん久しぶり〜。 相変わらずの可愛さだ」


「ありがとう。帆乃香ちゃん、すごい雰囲気変わったね。なんかこう……今風になった」


「うん、色々研究したの。じゃあ行こっか」


 私は昔の方が好きだったが、そんなこと言えるはずない。努力した結果なのだから。なんだか彼女が変わってしまったことが少し悲しかった。喜ぶべきなのに、私は友達に何を求めているのだろう。


 帆乃香ちゃんは今流行りの『映え』な食べ物が食べたいとのことだ。私はそういった物の良さがよく分からないが、特に行きたい所もなかった。イタリアンのお店があったので、そこへ向かった。


 料理が来たあと帆乃香ちゃんは何分もかけて写真を撮っていく。私は早く食べたかったが、撮り終わるまで待って欲しいと言われた。映えな写真を載せるために躍起になっている若者たちは皆こうなのだろうか。


 私も若者だが、その光景がすごく異様に感じる。そういえば大学時代の友達も写真写真って……何処へ行っても撮りまくっていたな。


 楽しむことより撮るために遊んでいるようだった。帆乃香ちゃんはそういう人じゃなかったはずなのにな。やっと終わって食べ始めることが出来た。社会人になってどう過ごしているかという話になる。



「帆乃香ちゃんは卒業してから何してるの?」


「普通のOLしてる〜。最近副業も始めてさ、簡単にお金が稼げるの。ビットコインって知ってる? あれって仮想通貨の一つなんだけど、今はあまり買われていないものを早めに買うの。


 上手くいったらすごい価値が上がるんだ〜。それで私も稼げるようになったよ。沙蘭ちゃんはそういうのやってる?」



「へぇ……やってないな。そういうのって怪しくない? 大丈夫なの?」


「大丈夫だよ。人を紹介すると紹介料が貰えるの。そこでもプラスでお金が貰えてね〜」


 帆乃香ちゃんは投資の話をし始めると、目が怖くなった。まるで薬をやってるみたいだった。何かに取り憑かれたように盲信している。同じ副業をするメンバーで集まっていつもお金を稼ぐ話ばかりをしているようだ。簡単に稼げるなら皆困ってないよ。


 客観的に見たら絶対怪しいのに、彼女は信じきっている。何を言っても「これは大丈夫なやつだよ? やったことないから分からないでしょ。沙蘭ちゃんもやって見れば変わると思うよ」と私に勧めてきた。

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