第38話 引越し

 近年問題視されているマルチ商法や投資詐欺はこうやって広がっていくのだろう。常にそういう人たちから吹き込まれ続けることによって、洗脳される。


 結局は自己責任になるから、騙した方はお金も取れるし罰されない。鬼畜の所業だ。同じ人間であるはずなのに、そういう人は心がないのか。


 騙されたせいで自殺をしてしまうことだって、実際に起きているのに。こればっかりは注意喚起するだけじゃなんにも変わらない。法を整備しなければならないはずだ。被害額は恐ろしい桁数になっているだろう。


 そんな最低な人間が多くの金を手にしているという事実がなんとも憎らしい。そういう人間こそ不幸になるべきだと思う。何故優しい人や頑張っている人の方が辛いことが多いのか。


 神が存在しているなら、何の役にもたっていないのではないかと思う。そんなことを堂々と言ってしまえば、批判されるだろう。いるかも分からない存在を作って、拠り所としている人たちが許さないだろう。こういった投資詐欺も、宗教のようなものなのかもしれない。



 ランチの時間は一方的に投資の話をされて終わった。次に行きたい所は近くのクレープ屋さんだという。写真映えするようなクレープだそうで、そこへ向かった。ピンク色が目立つカラフルな店内だった。カウンターとテーブルが何個か置いてある。


 お店の名前がネオンサインで飾られており、そこで他のお客さんが写真を撮っている。私が頼んだのはオレオチョコホイップだ。帆乃香ちゃんはモンブランを注文した。出来上がって渡されたクレープはクマの形のクッキーやマシュマロが装飾されている。確かに見た目がすごく可愛い。食べるのが勿体ないと思うくらいに。


 帆乃香ちゃんは案の定パシャパシャと写真を撮り始めた。顔も一緒に写して欲しいと言われ、私が帆乃香ちゃんを撮影した。顔の横でクレープを持ち、色んな表情をする。その度にシャッターボタンを押していく。


 スマホを返すと確認され、何度も撮り直しさせられた。その後はネオンサインや店内を散々写真に収める。やっと終わったと思ったら、少しだけ食べて「もう要らない」と言った。


 食べるのが目的じゃないんだ。太るからいつも食べてもらうか捨てているらしい。なんて勿体ない。それなら私が食べると言うと、「沙蘭ちゃんはそれだけ食べても太らないんだ」と恨めしそうな表情で肘をついた。


 食べすぎた翌日は運動するようにしているし、ずっとこんな調子ではないんだけどな。



 帆乃香ちゃんは嫌な意味で変わってしまった。彼女がこのままでいる限り、もう会うことはないだろう。面と向かって言うことはできなかった。


 空気が悪くなるのは私がしんどい。とりあえず美味しいものは食べれたからよかった。クレープをほぼ二つ食べたので、少し気持ち悪い。


 甘すぎず、くどくなくてとても美味しかったけれど、流石にあれは多い。結局仕事を辞めた経緯まで話すことはなかった。聞かれたが、言葉を濁して話を逸らした。今の彼女に打ち明けるのが嫌だったのだ。




 家に帰ると夕方になっていた。あんまり楽しくなかったな。友達と居るのが辛いのは久々だった。家に帰るとオネエ様が居て、すっかりここが我が家になった。


 そういえばオネエ様は全然誰かと遊んでいない。たまに出掛けるくらいで、私が縛っているのかと思うくらいだ。私の方が遊び呆けているような気がして申し訳なくなる。


 何度か誰かと会わないのか聞いたことがあるが、「いいのよ」と一言で終わらされた。



「オネエ様……今日久々に大学時代の友達と会ってきたんです。なんだか楽しくなくて……彼女は変わってしまいました。昔の彼女に戻って欲しいです。しばらく会っていなかったとはいえ、こんなに人は変わるものなのでしょうか」


「そうね……社会に出ると色んな新しいものに触れるでしょう? でもね、きっと一時的なものよ。若いから変化しやすいのかもね」


「私も人のこと言えないかも。家を出てから親に反抗して楽しんでる」


「そんなことないわよ。アンタはアンタよ。今まで抑え込まれてきただけ」


「オネエ様は変わらないで欲しいです……って人に期待し過ぎるのは良くないですよね」


「や〜ねぇ。アタシはアタシよ。もう三十路近いんだし……大人の魅力は増していくかもねぇ〜」


「ふふ、これ以上魅力的な人居ませんよー」


「やだ褒め上手」




 それから平穏を取り戻し、引っ越しの日が来た。荷物を積む作業は一時間程度で終了した。その間にガスの閉栓をしてもらい、最後に立ち会いをする。トラブルが多いことは知っていたため、事前に契約書を読み込んでおいた。これで何を言われても言い返せる。オネエ様も意気込んでいる様子だ。



 呼び出し音が鳴り、業者の人が入ってきた。軽く部屋を見渡し、鍵の返却を求められる。後で証拠になるように録音しているから、何があっても大丈夫だろう。すると「共益費は貰っていますので、支払いは特にありません。部屋も綺麗な状態ですね」とだけ言われて終了した。呆気なかったな。拍子抜けだ。こっちは臨戦態勢で構えていたのに。まあ何もないに越したことはない。



 退去の立ち会いも終わったことなので、私たちは車で引越し先へ向かった。引越し業者の方々は先に出発している。鍵を開けないと入れないので、結局向こうで待つことになるだろうが。助手席で希望を胸に窓の外を見る。この街とはさよならか。今までありがとう。



 ブーッブーッとスマホが震える。なんだろう。画面を見ると『非通知』と表示されている。ストーカーこと影彦くんではないだろう。同じ非通知の番号は着信拒否にしているからだ。出ないでいると、何度も掛かってきた。


 今とくに台風も地震も起きていないが、何だろうか。急に何か知り合いでトラブルがあったのかな。オネエ様にどうするべきか聞いてみた。出てみて無言で様子を見てはどうかと言われ、その通りにした。応答ボタンを押し、耳に当てる。


 画面の奥から聞こえてきたのは母の声だった。


「やっと出た……貴方が着信拒否にするから、今公衆電話でかけているのよ! 一体どこへ行くつもりなの?! 引っ越し作業をしているらしいじゃないの」

 と焦った声が聞こえる。

「もう出て行ったよ。お母さんが何度も押しかけてくるから」とあしらった。


 いつものように怒り出すかと思いきや、『私がそんな娘に育ててしまったのね』と悲しみ始めた。はぁ。怒るか悲しむかしか出来ないのか。自分が悪いのでは……なんて思うはずないよね。


 長くなりそうだったので、母が話している途中でブツッと切ってやった。その後再び鬼の連続着信が来て、スマホの電源を切る。やっと静かになった。

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