第36話 あたたかい

 暖房が効いているところに厚着のままで居たから、汗をかいている。部屋着に着替えて干している洗濯物を確認する。サーキュレーターのお陰でよく乾いている。服やタオルを取り込んで畳んでいく。オネエ様が部屋から出てきて、私が帰っていることに気づいた。


 仕事中は集中すると物音も聞こえないらしい。たまにイヤホンで音楽を聴きながら作業することもあるから、今日は特に助かる。みっともない姿だっただろうし。


 それでもオネエ様は私の顔を見るや否や、「何があったの?」と眉をひそめた。嘘をつく理由がないので、夢以外で今日あったことを話す。何故こんなにも色々なことに巻き込まれるのか。そう言わんばかりにオネエ様は私を哀れんで、ただ「辛かったわね」と絞り出した。


 ここを離れればこんなに苦しまなくて済むだろうと慰めてくれる。そうだ、あと少しの辛抱だ。あと二週間で私達はここを離れるのだ。



 今日はおでんにすることになった。お鍋より時間はかかるが、茹でるだけでいい。一番好きなのはゆで卵だ。最近比較的安くで売っているところを見つけた。卵がないと生きていけないくらいに、卵を使用することが多い。


 日本は食を大事にするいい国だ。生で食べられるのも海外では考えられないらしい。そういう面では日本に生まれて良かったと思う。おでんが茹で上がるまでソファに座る。


 夢の内容をつい思い出してしまい、なるべく端に寄った。



「オネエ様は告白されて辛いと思いますか?」


「そうね……思ったことはないわ。単純に嬉しいもの。付き合わないとしてもね。沙蘭ちゃんはどうして辛いの?」


「想いに応えられないのが申し訳ないんです。私を好きになってしまった相手が可哀想に見えて。絶対私より素敵な人がいるはずなのに」


「そうなのね、まだ自分に自信が持てないからそう思うのかしら。私は素敵だって思い込むのも大事よ。自分に言い聞かせるの。言葉ってすごいのは、言っていれば自分を洗脳出来るのよ」


「自分はす……ダメです言おうとすると気持ち悪くなる」


「ええ……それは予想外すぎる! そうなると……どうすればいいのぉ〜?!」


「私にもよく分かりません……」


 可愛いとか綺麗だとか言われても嬉しいと思えない。自分を大事にする努力はできるが、それとこれとは違う。なぜこうなってしまうのか……同じ気持ちの人はいるのだろうか。


 嘘でも自分は素敵だと言えたらよかったのに。それもできないなんて……意味がわからない。不器用なのかなんなのか……オネエ様のような考え方が出来たらな。これは育ってきた環境のせいなのかな。


「オネエ様の家族はどんな人達ですか?」


「そうね、そういえば話したこと無かったわねぇ〜……両親二人と妹が一人いるんだけどぉ、まずは父親ね。父はもう……ザ、亭主関白って感じなの〜。頑固オヤジよぉ〜だからアタシのことは認めてくれてないわぁ。そんな息子に育てた覚えは無いらしいの」


「そういえば一回も実家に帰ってないですよね……それは父のせいですか?」


「そうねぇ〜元々そんなに仲良くないし……妹とはたまに会ってるわよぉ〜。愛奈と似て自由奔放な子なの。ここへ来るってなったらいつも泊まっていくんだけどぉ……沙蘭ちゃんが居るし……」


「次に来る予定は?」


「今の所ないけどぉ、また行きたいって言ってるわねぇ〜」


「いいじゃないですか。私のことは気にしないでくださいよー。オネエ様の家族なら仲良くしたいですもん」


「そう? 本当にいいの?」


「もぉーいいって言ってるじゃないですか! 私、兄弟いないから……ちょっと羨ましいです」


「ふふ、ありがとう沙蘭ちゃん。うるさい子だけどね」


「大歓迎です! お母様はどんな人ですか?」


「化粧道具をこっそり使っていたけど、何も言ってこなかったわねぇ。必要なときだけ手を差し伸べてくれる、いい距離感で接してくれる人よ。たまに連絡はとってるわっ」


 そうなんだ。私にとっては理想の母親だ。自分のやりたいことをただ見守ってくれるような、そんな人がよかった。落ち込んでいる時は好きな食べ物を作ってくれて、応援してくれる。それが理想だった。


 子供は親を選べない。他の人からしたら良い親でも、感じ方次第ではあるけれど……私の親はどんな人でも最悪だと思うだろう。外面だけを見てもっと感謝しろと言った人たち全員、一回体験して欲しいものだ。


 もしかすると母は発達障害なのかもしれない。情報収集していく内に、母のことが分かってきたのだ。私が子供を産んだら同じことをしてしまうのかな。それだったら産まない方がいい。



 それからオネエ様は家族のエピソードを話してくれた。父親以外とはうまくやれていたみたいだ。大人になって家を出れば、あまり関わらなくなるのは普通なのだろう。それが大人なのだ。一生懸命仕事をして、大切な人を見つけて、新しい家庭を持つ。


 そうやって人類は滅亡せずにここまでやってきた。今は子供を育てる環境としては最悪だし、いつか滅亡してしまう。そんな終わり方もいいと思う。生まれて死んでを繰り返し、地球を壊しているのだから。


 動物達も人間のせいでどんどん消えていってしまう。それに反して害を及ぼす生き物が増え、本来いないはずのものが輸入によって繁殖していく。恐ろしい世の中になってしまった。



 おでんが出来上がり、ご飯と一緒に食べて温まる。暖房をつけているから寒くはないが、冬ならではの食事に幸福感に満たされる。ビールをごくごくと喉に流し込んだ。久しぶりのお酒……幸せだ。あっという間に食べ終わってしまった。


 ビールも飲み干した頃、頭がふわふわしてきた。スマホのバイブが机の上で響き、画面を確認する。珍しいな、薫くんからの電話だ。先月までは定期的に会えていたから、寂しくなったのかな。


 最後に会った時の光景を思い出す。そうだ、なんだか気まずくなったんだよね。少し出るのを躊躇っていると、オネエ様が出ないのか聞いてきた。私は意を決して電話に出た。

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