第14話 また

 私が東宮くんを好きだと勘違いされたくなくて、彼が苦手だと伝えるとオネエ様はいつもと同じように笑った。


 よかった……ってあれ? 私は何故安堵したのだろうか。よく分からない感情が、私に芽生え始めている。もしかして、これは恋なのかな。


 私が感じてこなかったこの感情は、恐らくそうかもしれない。オネエ様に会ってから、こんな調子なのだから。人を好きになったことなんてなかったのに。


 恋愛経験未経験な私が、恋? ああ、こんなの望んでないよ。辛い思いしかしないじゃん。胸が苦しくなるだけじゃない。


 身の丈に合った人を好きになりたかったよ。好きになってしまったら、どうしようも無い。どうすればこの気持ちが無くなるかな。オネエ様の事まだ全然知らないのに。普通もっと内面を知ってから好きになるものじゃないの?


「沙蘭ちゃん、本見つけた?」


「あ! まだです」


「あら。そんなに夢中で話していたのぉ? 一緒に探しましょうっ」


「そうじゃないです! 慣れない人との会話は気を遣うから……」


「ふふ、冗談よぉ〜。行きましょっ」


「オネエ様、その本って……料理本ですよね」


「あぁ、これ? そうそう。自炊とかちゃんとして来なかったからぁ、これを機に始めてみようと思って!」


「あの、私が作ります! 得意ってほどじゃないですけど……」


「そう? 嬉しいわぁ。でも沙蘭ちゃんがしんどい時は、アタシが作りたいの!」


「わかりました。二人で料理するのもいいですね」


「そうね! あぁ〜、本当やりたい事が多くて楽しみだわぁ!」


「私もです! あ、そうだ。お金の事なんですけど……家賃とか食費とか色々払わせてください!」


「やだ! アタシこう見えてフリーランスだし、結構稼いでるんだけど」


「そういう問題じゃないんです。こんなに良くして貰っているのに払わないなんて、私の事が許せません。お願いします!」


「もう。真面目すぎよぉ。わかったわ。そうね……じゃあ食費だけお願いしてもいいかしら?」


 よかった。食費は生活で家賃の次にかかるもんね。ブランド物は身につけていないようだし、あとはどうしようかな。勝手にお金を置いたりしてもすぐ返されそうだし……家事を頑張るしか私には出来ない。


 恩返しって難しい。私にやれることが少なすぎる。きっとオネエ様は何処でもやって行けるし、私が居なくても楽しく生きていけるだろう。


 これからどうしていくか考える必要があるな。私の課題だ。適応障害についての本が見つかり、二人でレジに並ぶ。目当ての本が買えたから今日のやることは終わった。


 せっかく二人で買い物に来たので、本屋の隣の百均や一階の食品売り場などを回る。二人でいると時間があっという間に過ぎて行く。


 そろそろ別の場所へ移動しようと駐車場へ向かっていると、いきなり腕をガッと掴まれた。



 後ろを振り向くと母だった。


「帰るわよ」と笑顔でギリギリ掴む力を強めていく。オネエ様が母の腕を掴み、同じく力を込めている。


「周囲の目もありますので、手を話していただいても宜しいでしょうか?」


 と冷静にオネエ様が母へ言い放つ。二人とも目だけが笑っていなくて、後ろに猛獣が見える。

 母は私の腕から手を離し、笑顔を保つ。

「勝手な行動ばかりして困っているんですよ。貴方からも言い聞かせてくださる?」


「そちらが娘さんを縛るから仕方無く、ですよ。今彼女は親元を離れて楽しく過ごしていますので、水をささないでいただきたいのですが」


「そうですか。いつまでも貴方にしがみついては居られませんし、どうせすぐ帰ってきますから。ね、沙蘭ちゃん。戻って罪を償いなさいね」


 母はそう言い放って帰って行った。同じ相模原市に住んでいるから、会うことは避けられないとは思っていた。


 しかし出かけて早々これは可笑しい。母の仲間たちに見張られているのかもしれないと思うとゾッとする。


 私の事をどう話しているのだろう。親不孝者で、自分勝手? 何処までもしつこい親だ。そんな娘なら、さっさと手放せばいい。迷惑を被っているのはこっちの方だ。


「大丈夫?」


「早く駐車場へ行きましょう」


 私はケロッとして言うと、無理しているように見えたのか、ギュッと優しく手を握られる。いつも「行きましょう」と先導してくれる彼は、私の歩幅と合わせてゆっくりと横を歩いてくれている。


 それを他所に私は気付かれないよう笑みをこぼす。車に乗りオネエ様の提案で近くの庭園へ行くことに。三時間以内に出ることが出来たので、駐車料金が無料だった。


「無料! やったぁ〜得したわねっ!」


 今から向かう庭園は県立の公園で、とても広くて綺麗な場所。プラネタリウムを見たり、外でイベントがあったり、噴水があったり、小さな川もある。隣には市立の公園もあって、展望台もある。近くにあってもほとんど行ったことがないなーとふと思った。車に揺られながら、オネエ様を見る。チラッとこっちを向いて微笑み返してくれる。


 私は気になっていたことをオネエ様に話し始めた。


「東宮くん、さっき本屋さんで話していた同級生の事なんですけど……彼、何か知っている気がするんです」


「何かって……なにを?」


「困っていることはないか、聞かれたんです。いつでも連絡してって。そんなに仲良がいい訳でもないし、同窓会以来連絡も取ってなかったのに」


「それは変ねぇ。その後なんて?」


「やっぱり何でもないって。言おうとしたのに止めた。そんな感じがしました。あ、そうだ。一人で出歩かないようにって言われました!」


「なるほどねぇ……何かありそうね。もしかすると、ストーカーの事を知っているのかもしれないわ。今はあれからメッセージと電話は来てないのよね?」


「はい。今はピタッと」


「うーん、まだ油断禁物って感じね。昼でも一人でどこかへ行かないようにしましょうかっ!」


「ええっそれは無理があるんじゃ……だってオネエ様仕事があるじゃないですか」


「ずーっと仕事する訳じゃないわ。だからぁ〜アタシが休憩するときとか、休みの日にお出かけしましょ? たまには散歩とかジョギングとかして〜……公園にも行って〜、電車に乗ったり色んな所へ行きましょうねっ!」


「はい。本当にありがとうございます。オネエ様、何でそこまで私の為にして下さるんですか?」


「そうね。何でかしら。理由なんて必要? ただ沙蘭ちゃんに笑ってて欲しいって思うの。ダメかしら?」


「オネエ様以上に素敵な人なんていません。だからそんな人が私の事を気にかけてくれるのが……私なんかがって思っちゃって」


「そう……思っても仕方がないわ。自分の気持ちを変えるのは大変だもの。でもね、少しずつ自分を認めていって欲しいの。アンタも十分素敵な人なんだからっ!」




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