2章
第13話 怪しい
目が覚めると、カーテンの隙間から光が漏れている。時計に目を向けると、八時だった。昨日は十時に起きたけれど、少しずつ早く起きられるようになってきたかな。
身体のだるさはあったが、いくらかマシだった。顔を洗って歯を磨きながら、オネエ様を見ていないなと思ってチラッと部屋を見た。閉まるドアから目覚ましの音がし始める。暫く鳴ったあと、止まって数分後にまた音がして……を繰り返す。
朝、苦手なのかな。オネエ様のそういう人間らしい所を発見する度に、愛らしいなと思う。パンが一袋置いてあったので、朝ごはんはパン派なのだろう。用意したら喜んでくれると思い、冷蔵庫を開ける。
食材が乱雑に敷き詰められており、やはりオネエ様はO型なのだろうと思った。卵は最近高くなっているらしいから、やめておこう。どうしようかと頭を悩ませていると、絹ごし豆腐があった。豆腐とヨーグルトのホットケーキを作ろう。
卵一つは仕方なく使わせてもらうしかない。食費とか、家賃とか色々払えばいいよね。貯金はある程度しているし、傷病手当金も申請している途中だ。休職期間は貰えるらしい。
ゴソゴソと音を立てていたからか、オネエ様が眠っていた部屋のドアが開いた。そこからオネエ様が欠伸をしながら出てくる。「おはよ」と掠れた声で挨拶をされ、笑顔で返す。オネエ様の寝起き、初めて見たな。嬉しい。
そういえばこれって同棲だよね……自然と口角が上がってしまって、自分が気持ち悪いと思った。グチャグチャと材料を混ぜ、ホットケーキを焼き始める。
いい匂い。歯磨きを終えたオネエ様がいつの間にか来ていて「美味しそう」と弱々しく笑った。朝のオネエ様は、テンションが低くて目も半開きで、すごく眠そう。
「座って待っててください」と言うと、キッチン横のテーブルに座ってコクコクと首を揺らしている。そんな姿を見て、また笑みがこぼれる。日常の幸せってこういうことなのかな。
オネエ様に出逢ってから小さな、そして特別な気持ちを何度も何度も感じるようになった。もう彼なしでは生きていけないような気がしてならない。
それと同時に、重荷になりたくない気持ちと、申し訳ない気持ちで一杯になる。私はすぐに泣いて面倒くさくて、ネガティヴで何も出来ないから。誰かに愛される価値も……って自分がこんなことを思うべきではないよね。また自己嫌悪に陥ってしまった。オネエ様が怒るだろうな。悲しむだろうな。変わりたい。自分や周りの人をちゃんと愛せる人になりたい。
いや、変わらないと。絶対に。
ご飯を食べたあと、オネエ様は仕事に取り掛かる。私は散歩へ出掛けてあの公園へ向かった。あれからストーカーらしき人からメッセージは来ていない。これで諦めてくれたのだろう。母は相変わらずだが。
******
それから特に何も起きずに平和な日々を過ごして数日が経ち、オネエ様が二人で出掛けようと言ってくれた。私はもっと適応障害について知りたかったので、本を買いに行きたい。そして向かったのは近くのイオン。ここに来れば基本的には何でも揃う。オネエ様に車で送ってもらい、二階へ上がる。
二人で初めてのお出かけだ。本屋へ入ると、オネエ様は他に見たいものがあるらしく、それぞれ別れて目当ての物を探しに行く。一人でブラブラ見回っていると、誰かが私に声をかけてきた。
「あの」
「はい?」
「もしかして、川瀬?」
「あ! とうみやくん……?」
現れたのは高校時代の同級生である東宮くんだった。下の名前は確か『晴れ』という字が入っていたはず。そうだ、晴斗くん。
黒髪をオシャレにセットして、右側を耳に掛けている。名前の如く優しくて太陽のような好青年だ。スポーツ万能で勉強はそこそこ出来て、みんなの憧れの存在だった。
同窓会に私は行きたくなかったけれど、断りきれなくて行った時に話しかけてくれた。周りの同級生達は私が誰か気付かなかったのに、たまに会っていた女友達以外で唯一気付いてくれたのだ。
二重整形とメイクをしたくらいなのだが、ガラリと印象が変わったらしい。それに比べて彼は昔と変わらず、お人好しでかっこよくて私には眩しすぎる。
そんな彼と自分を比べてしまって虚しくなるから少し苦手なのだ。昔よりは可愛くなってちゃんと受け答え出来るようになったのに、今でもそれは変わらない。
「よかったー。忘れられてねぇか不安だった」
「そんな訳ないじゃん。人気者だもん」
「いや、そんな事ねぇって。川瀬までそんなこと言わなくても」
「同窓会以来だよね?」
「だよな……ってかここで何してんの?」
「ちょっとね」
「なんだよー。言ってくれねぇのかよ」
「東宮くんはどうしたの?」
「うーん……ちょっと、な!」
「もう。仕返し?」
「ははっ、うそうそ。実家に帰ってきたから、家族で軽ーく買い物にな。川瀬、なんか楽しそうじゃん。安心した」
「家出したの。楽しいよ」
「お、おう。色々大変だったもんな。川瀬がそれで幸せになれるんならいいんじゃねえの」
「うん、ありがとう。やっぱり東宮くんは変わってるね」
「なんだそれ。……それって、いい意味だよな?」
「もちろん」
「ならいいけど。何かさ、最近困ったこととかねぇの?」
「どうして?」
「いや……何でもねぇ。ごめん。またなんかあったらいつでも頼れよ。連絡待ってっから」
「? 私たちそんなに仲良かったっけ」
「いや、そうだよな。でもさ、俺顔広いし。ぜってぇ力になれると思う。とにかく最近物騒だし夜道には気をつけて、一人であんま出掛けんなよ?」
「ふふ、わかった。ありがとう」
「じゃあな!」
急に何を言い出すかと思った。何かを知っているような感じがした。親のことは違うだろうし、あのストーカーのことで何か知っているのだろうか。
それとも……いやいや、東宮くんは悪いことをするような人じゃないしそんなハズないよね。私の事が好きなわけでもなさそうだから、この嫌な予感が当たりませんように。
とにかく休職してることがバレなくてよかった。東宮くんと別れたあと、オネエ様が戻ってきた。私たちの会話が少し聞こえていたようで、誰なのか聞かれた。
ただの同級生だと言うと、「ふぅん」と勘ぐるような視線で私を見る。本当になんでもないんだけどな。
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