第12話 楽しい夜
オネエ様がいれば、なんでも解決出来てしまうのではないかと思った。
そろそろお風呂に入るか聞かれて、先に入ることとなった。人の家で夜を越すなんて、初めてだな。ワクワクしながらタオルの場所や、シャンプーなどの説明を聞く。浴槽にお湯をためて、シャワーを浴びる。
少し狭い浴槽へ浸かると、一気に疲れが取れるような気がした。今日のことや、オネエ様と初めて会ったあの時を思い出す。仕事を休むことになってから、奇跡のようなことばかりが起きている。ここへ来たことで、何もかも大丈夫だと思えた。
お風呂から上がり、実家から持ってきた薄手のスウェットに着替える。タオルで頭を拭きながら、オネエ様に「お先です」と伝えた。少し驚いたような表情をしたあと、軽く返事をしてそそくさとお風呂場へ向かった。
なんだろう。何かおかしかったかな。すっぴんが不細工だった? 可愛いパジャマじゃなかったから、意外だと思われたかな。あの表情の意味を考えながら、ソファの窓側に寄って座りぼーっと髪を乾かす。
結局なにも答えが出なくて、頭の隅へ追いやった。アキラオネエ様の動画を見て、考えないようにした。いつの間にかオネエ様がお風呂から上がってくる音がして、誰かと住むってこんな感じなんだと嬉しくなる。
修学旅行気分になって、懐かしさが込み上げた。お風呂上がりのオネエ様のすっぴんは、初めて見た。美しさはそのままで、メイクしなくてもいいのでは無いかと思うほどだ。
珍しくメガネをかけていて、丸い縁のないオシャレなメガネをしている。オネエ様は私の見る動画が何か気になって「何見てるの?」とソファへ座りスマホを覗き見た。同じシャンプーの香りがして、ドキッとした。今のはなんだろう?
「え?! アタシと初めて会った時、オネエ様って呼んだの……こういうこと?!」
「実はよく見てて……憧れというかなんと言うか」
「嬉しいわぁ!! アタシもたまに見てるのよぉ〜! 納得納得。アタシを見て『オネエ様』なんて言ってくれる人いないもの。何でかしら〜って思ってたのよぉ〜! スッキリしたわ!」
「オネエ様も憧れの存在だったので。現れた時は、私の幻覚かと思ったくらいですよ」
「そんな大袈裟なぁ〜。でもそう思ってもらえるなんて、とっても嬉しい!」
「私もです。今も夢の中にいるみたい」
「ふふ、アタシもよ。沙蘭ちゃんに出逢えて良かった」
私を愛おしい目で見るオネエ様は、少し妖艶な表情に見えた。濡れた髪といい匂いで余計にそう感じたのかもしれない。
「オネエ様、髪乾かさないんですか?」
「あ〜。アタシ髪乾かすのが嫌いなのよぉ。面倒くさくて後回しにしちゃうの」
「じゃあ、私が乾かしてもいいですか?」
「美容師ごっこ? 楽しそうね」
そういうつもりじゃなかったけれど、ここはノリに乗った方がいいかも。楽しそうだし。私はテレビの横から伸びる延長コードにコンセントを刺し、オネエ様はキッチンの方へ向いて座り直した。少し狭くなったソファに座りながら、乾かしていく。
「熱くないですか? 今日はどちらからお越しに?」
「北海道から来ましたぁ〜」
「なぜそんな遠い所から?」
「貴方に逢いたくて」
オネエ様はぱっと私の方を向いた。髪が風で揺れる。その姿が俳優さんのようで、魅入られてしまった。固まった私に「お〜い」と言って手を振られ、ハッとする。
「何、見惚れちゃった?」
「そうかもしれません」
「もぉ〜!! 可愛いわねぇ〜よしよし」
「もう! 子供扱いしないでくださいよ」
「ごめんなさいねぇ〜ついつい。沙蘭ちゃんを見てると、母性本能くすぐられるのよぉ〜」
「ふふ、何ですかそれ。いいから髪乾かしますよー。後ろ向いてください」
「はぁ〜い」
どう見ても今母性本能をくすぐっているのはオネエ様の方だ。そんなに私って子供っぽいのかなぁ。大人の魅力がもっとあれば、私を好きになってくれるかな。あれ、私ってば何を期待しているの? バカみたい。
そんな考えを振り払うように、ブンブンと顔を横に振った。ブリーチを重ねた金髪に指を入れると、すーっと通っていく。何故こんなにサラサラなのか不思議でたまらない。髪を染めたら髪が傷んで一生戻らないなんて、母親に言い続けられていたから。
母の言うことは間違ったことばかりなのかもしれないと思った。
髪を乾かしたあと、オネエ様が人生ゲームを押し入れの奥から取り出してきた。小さい頃よく遊んだなーなんて懐かしい気持ちになった。ルーレットを交互に回して、色々なハプニングが起きる。
結婚して子供が出来たり、一攫千金を手に入れたり、保険に入るか株や家を買うか、選択をしたりする。そんなこんなで時間が経過し、私が勝って終わった。
時計の針は12時を指そうとしていたため、そろそろ寝ようかということになった。いつものように処方された睡眠薬を飲んだ。副作用がキツかったら半錠にして飲んでくださいと言われていたので二つに割って。今日は特によく眠れそうな気がする。
部屋が二つあったから、一つが私の部屋になった。あまり使っていなかったと言っていたけれど、そんなことは無いと思う。だってオネエ様の香りがするんだもん。優しい嘘を付いてくれたのだと思う。嬉しいような、胸が苦しいような。
私なんかのためにここまでしてくれる理由がわからない。恩返しができる気がしないのだ。どうすれば役に立てるだろうか。家事なんかでは到底足りないだろう。迷惑になるなんて思わなくていいと言われたけれど、このひねくれてしまった性格を治すことは出来るのだろうか。
部屋のドアは怖くて閉められなかった。閉じ込められた記憶が恐怖として残っているのだ。ここは実家じゃないとわかっているが、逃げられないのではないかと感じてしまう。今日はもう疲れた。オネエ様の香りがする布団へ潜り込む。
オネエ様が包み込んでくれるみたいだ。私は安心して、そのまま深い眠りに落ちた。
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