第17話 下着選び

「ほら、あ〜ん。何をそこまで考えちゃうのかわかんないけどさ。ポテチ一人で食べちゃうぞ〜」


 愛奈さんは悪戯に笑って、私の口元へポテチを数枚近づける。一気に食べたことがなくて少し勿体ない気もしたが、それを全部口に入れた。


「ん〜美味しい……」


「餌付け成功っ! もっと食べな〜?」


 あっという間になくなって、ほとんど私が食べてしまった。


「あ、洗濯物……」


「あ〜取り込んだら? 私はここでダラダラしてる〜」


 外の洗濯物を畳んで仕舞っていると、愛奈さんがふと聞いてきた。


「男女の友達と同棲するってどんな感じなわけ? 下着とか」


「あー、オネエ様のものはオネエ様の部屋に干して、私のは私の部屋に干してます。見られるのが恥ずかしいので」


「まぁ、そりゃそうか。帷もそんなとこあるんだぁ。ね、部屋見してよ」


「ほとんど何もないですけど……」


 愛奈さんをすぐ横の部屋に案内すると、干されたブラジャーとパンツを見て愛奈さんが驚いた。


「ちょっと! こんなやつしかないの?」


 そういえば、オシャレで可愛いものは一着もない。憧れは物凄くあるのだが、親は私が色気づくことに敏感で、シンプルかつ機能性重視で被るタイプのブラジャーしか買えなかった。


「二人で買いに行こ! 可愛いの買お!」


 そうして、今度愛奈さんとお出かけへ行くことになった。女友達と下着を選び合うのがやってみたかったんだよね。楽しみがまたひとつ増えた。


 愛奈さんはオネエ様と同じでとても表情豊かで賑やかな人だ。夕飯を私が作って二人で食べながら、変なお客様のエピソードややらかしエピソードを聞いているだけで、時間が過ぎていった。


 オネエ様もよく食べるけど愛奈さんも負けないくらいで、作った側としては結構嬉しい。二人とも美味しそうに食べてくれるのも作ってよかったと思える。


 今日はチートデーと言われるなんでも食べていい日らしい。自分が商品になる世界だから、努力の賜物だと思う。親のために痩せなければならなかっただけの私でも、好きに食べられないのは本当に辛かった。


 だからこそ愛奈さんの凄さがよくわかる。新宿でキャバ嬢をしていると教えてくれた。一番キャバクラが集まっているところだよね。


 こんなに色気と可愛さを持ち合わせた美人さんなのだから、充分有りうる話だ。仕事の時はスイッチが切り替わって別人になると教えてくれた。カッコイイな。プロって凄い。


 そろそろ準備しないとやばいとのことで、愛奈さんは急いでメイクを始めた。仕事は休みだが、これから予定があるらしい。


 髪を巻くコテも持ってきていたようで、器用にカールしていく。あっという間に強い大人な女性になった。バタバタと準備を終え、手を振りながら走って出ていった。嵐のような人だったな。疲れたけれど、それよりも楽しかった。連絡先を交換することができ、オネエ様のと合わせて、二人増えたことになる。自分は本当に恵まれているとつくづく思う。


 ギュッとスマホを抱きしめて噛み締める。玄関のドアが開く音が聞こえて、玄関まで迎えに行く。


「おかえりなさい!」


「疲れた〜」


 ふにゃふにゃになったオネエ様を見て思わず笑みがこぼれる。オネエ様は手を洗ったあと、部屋に入ってすぐ部屋着に着替えた。そのままメイクも落としちゃおうと、再び洗面所へ入って行く。


 まだ二人暮しを始めて一週間程度だが、すっかり慣れ始めている。



 戻ってきたオネエ様に、今日愛奈さんが来たことを伝えた。


「嘘でしょ?! あの女……アタシがいない時を見計らって犯行に及んだのね。何もされてない?!」


 オネエ様は私の服がはだけていないかなど、焦った様子で確認し始めた。オネエ様が思う愛奈さんのイメージとは少し違っていたから、よくわからなかった。


 そんな心配するようなことは起きなかったと伝えると、ホッとしたように大きなため息を吐いた。


 今度二人で下着を買いに行くことも報告すると、もっと血相を変えて


「アタシも行きましょうか?! ……って男だから無理じゃない」


 と途中で自分の発言を恥ずかしく思ったのか、顔が赤くなっている気がする。初めて見る表情で、胸がギュッと苦しくなった。好きだなぁ。


 さすがに公共の場で襲うようなことはないだろうと、行くことを許してくれた。女友達が出来たことをオネエ様も喜んでくれているみたい。



 それから特に問題も起きずに平和な日々が続き、愛奈さんと出かける日になった。約束の時間より三十分程遅れて来た車の助手席に乗り込む。


 いつも大体一時間は遅れるらしいので、今日は早い方なのだろう。白のピチッとしたニットワンピに薄手の茶色いコートを着た愛奈さんは、とてもセクシーだ。髪を巻いて、メイクもバッチリ。


 私には到底着こなせない。V字に開いた胸元から見える深い谷間につい目がいってしまった。


 窓を開けると、オネエ様が心配そうな表情で


「何かあったらすぐ連絡してちょうだいね」

 と控えめに手を振った。


 愛奈さんは隣でゲラゲラ笑って


「沙蘭、いただいてくわ!」

 と大声で言い放ち発進した。



 着いたのは東京の千代田区丸の内で、ランジェリーのお店が多い場所らしい。駐車場に車を停めて、二人並んで歩く。愛奈さんは高いヒールを履いていたようで、私より背が高く見える。


 元々私の方が低いのに、余計に身長差が生まれる。


 何店舗かハシゴして下着を見ていく。全て回ってから買おうと言われたためだ。どれもとても可愛くて正直選ぶのが難しい。


 一つ一つ手に取って、近くの鏡で胸あたりに当てて見てみる。どれがいいかな。



「あのさ、沙蘭は誰のために選んでる感じ?」


「え……?」


 そんなこと考えたこともなかった。ただ可愛いものを着けたいと漠然に思うだけ。


 オネエ様にもそう思ってもらいたいのが本音。


 でも……そんなこと言えるはずない。この感情は、持ってはいけないものだ。オネエ様の大切な友達に知られるなんて、あってはいけない。

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