第18話 決めた

 高校生の頃、私の好きな人をバラされたことがあった。それから他人に好きな人が誰か、言えなくなったんだよね。信じない訳では無い。信じられなくなってしまったのだ。


 まさかあんなことをされるなんて思ってもいなかったのだから。趣味が悪いと笑われた。誰を好きになってもいいじゃないかと言い返えせればよかったのだけれど、私にそんな勇気はなかった。


 幸い相手の男の子は別のクラスだったから、好きな人に迷惑がかかった訳では無いと思う。それが唯一の救いだった。


 そう思いたかっただけなのかもしれないけれど、当時の私に他人を気にかける余裕はなかったのだ。


 親にも気持ち悪いと言われたし、それから恋愛する事が怖くなったんだよね。傍から見ればそんなことで? って思うかも。


「私は自分のために着けてる。男のために着けるとかまじ勿体ないから。好きなのを身につけるだけで、気分上がんの。だから、沙蘭もそんな下着を選んでみればいいんだって。あ、そうそう。派手すぎると透けて見えるから、見せブラじゃないなら濃い色は避けた方が使いやすいかも」


 私のための……。そう考えると、不思議と選べるようになった。見せブラというものがあるんだ。わざと透けさせるってこと? 凄いなあ。そんなことを考えつくなんて。


 私はやっぱり白かな。マーメイドみたいなブラジャーがすごく可愛くて、一目惚れをした。下着選びってこんなに幸せな気分になるものなんだ。これは絶対に買おうと思う。


 長い間それを見て、触って、回して眺めていると、

「それいいじゃん! 絶対欲しいならもう買っちゃえば?」


 なんて言って背中を押してくれた。カップの大きさがわからないと言うと、店員さんを呼ばれて測ってくれるらしい。試着室へ行き、上半身裸になる。


 例え女の人で、他に誰もいなくても恥ずかしいものは恥ずかしい。早く終わって欲しい。後ろからメジャーで胸のトップと、胸の下の部分を計測される。


「カップはCの、アンダーバストサイズは六十五ですね」と言われたが、普通がどれくらいなのかさっぱり分からなかった。


 とにかくサイズが分かったので、それ通りのブラを買った。愛奈さんにあとから聞くと、愛奈さんはIカップのアンダー七十五らしい。


 私の場合、アンダーが少し細めだと言われた。親のお陰で痩せているのだけれど、私は細い自分が好きでは無い。もう少し太りたいから、サイズが変わるかもしれない。


 その時はまた買えばいいか。


 とりあえずこの一着だけにした。一時間程度で終わってしまったので、食べ歩きをしようと提案されブラブラと歩く。


 今日は平日だから、割と人が少なくて助かる。愛奈さんは甘いものが苦手らしく、折角だからと一緒にチーズハットグや唐揚げなどを食べ歩いた。


 あまり油っこいものは食べてこなかったからか、すぐに胃もたれしてしまった。オネエ様と作って食べた餃子はこんなことにならなかったのに。


 そういえば、油はいいものを使っていた気がする。好きなものを食べつつ、健康でいられるならそれ以上にいいことは無いと思った。たまにはこういう外食も良い。


 そうこうしている内に夜ご飯の時間になったので、焼き鳥屋さんで夕食を済ませた。愛奈さんは今日は休みで休肝日らしく、飲みたいお酒を我慢していた。今日はずっと食べっぱなしの日だったな。


 明日は流石に食事を控えようと思う。決して痩せたいからという訳ではなく、ただ胃に悪いから。ビックリさせてしまっただろうし休ませてあげないとね。夕食を終えると、雨が降ってきた。


 今まで憂鬱になっていたのに、全身で浴びたいくらい心が踊った。雨ってこんなに楽しかったっけ。いつしか私は何でも幸せに感じるようになっていた。



 走って駐車場まで向かうのも、自然と口角が上がる。そろそろ毎回車で送って貰うのは悪いな。せめて自転車で移動出来れば、通院は一人で行けるよね。


 中古の古い物で充分だから、帰ったら調べないと。車に揺られながら、ふとそんなことを考えた。


 愛奈さんは自由で時間にルーズだけれど、愛に溢れていて明るくて、正直で。私に無いものばかり持っている彼女が羨ましいと思った。私は私の良さを見つけて行きたいな。愛奈さんのようになろうとしても無理だと思う。元々の価値観とか、考え方とかも違うだろうし。


 きっと私がどう生きたいか……そんな像が見つかるだろう。そのためにもっと世界を知っていきたい。


「そうだ。そういえばって言うか、今更ゴメンなんだけど……沙蘭って幾つ?」


「えっと、今年で二十二になりました」


「やば。まじ? 私は今年二十一の代なんだよね。沙蘭の方が一個上じゃん! そっか。普通は大学卒業して就職すんだよね。タメで話しちゃってたじゃん……ごめんなさい」


「いや、いいんです! 寧ろ嬉しいので」


「え、本当? タメでいいの? てか敬語やめてよ! 歳下の私だけタメはやばいって」


「そ、そうだよね……わかった」


「はぁ〜……感覚バグってたわ」


「愛奈さん……じゃなくて、愛奈ちゃんは高卒なの?」


「うん、そのまま就職っていうか……家出てガルバで働いてた」


「ガルバ……?」


「ガールズバーね。お酒が好きだからさー。未成年だったし飲めなかったけどね。そんで、そこのママが元キャバ(嬢)でさ。色々そこで教えて貰ってキャバになったんだよね」


「す、すごいね。大人の世界だなぁ」


「ははっ! 何それ、普通だし。沙蘭の方が大人じゃん」


「親に縛られてたから、自由なんてなかったな。大人になっても子供扱いされてたもん。それで急に大人になりなさいって言われて、訳がわからなかった」


「やば、毒親じゃん。親なんて……親だから子供を愛して当たり前だとか言われるけどさ、ウザいし。子供側に問題があるなんてのも、意味わかんない。そう言う奴は愛されて幸せに生きてきたんだって。お前の価値観押し付けてくんなって感じ」


「愛奈ちゃんは楽しそうに生きてるんだって羨ましかったけど、辛いことを乗り越えたんだね」


「羨ましい……か。そんなこと言われたの初めてかも。へへ、嬉しい!」


 二ッと笑った無邪気な笑顔が心からそう思ったんだとわかって、私も嬉しくなった。大人びて見える彼女は、話すと時に子供っぽくて可愛らしい。


 まだ会うのは二回目なのに、今日の一日で仲が深まった気がする。仕事を休んでいることを言うと、


「最悪な会社だね」

 と言ってくれた。休むことに引け目を感じていたから、そう言って貰えると救われる気がする。

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