第5話 迷惑?

 ご飯の時間になって、下へ降りる。たまに私が作るんだけど、この状況じゃ無理だ。今から怒られるんだろうな。今日を乗り越えれば明日またオネエ様に会えるんだから、頑張らないと。


「来たわね親不孝者」


「ごめんなさい」


「今まで貴方のために生きてきたのよ! 貴方のためを思ってやってきたのに……うるさいなんて、よく言えたわね。お母さんは話さない方がいいってこと? 存在がウザイってこと? 死んだ方がいいってことなの? 」


 誰もそんなこと言ってない。


「お母さん頑張ってくれてるもん。いつもありがとう。そんなことないよ」


「一生かけて償ってよ……私を惨めにしないで。ここを出て行くなんて許さないから……うぅ……」


「うん、わかった」


 その涙は、私のための涙では無い。時折母はこうやってわざと泣き落としをしてくる。もう慣れたの。目の前で泣いている母を見ても、何も思わなくなった。ずるいなぁ。


私がそうだったら、逆ギレしてくるのにね。お母さんは良いんだね。私はダメなのに。帷さんの居ないこの家は、空っぽだ。なにもない。楽しい思い出も。


 再び私は部屋に籠って、オネエ様とメッセージをする。


『明日楽しみねぇ〜』


『私何も面白いこと言えなかったです』


『そんなの求めてないわよっ!』


 ふふ、文体でもオネエ様はオネエ様だな。声を聞かなくても、温かい気持ちにさせてくれる。このまま私を連れ出して欲しい。そっと抱き締めて、私が必要だと囁いてくれたらいいのに。なんてことを考えていると、また非通知の着信とメッセージが来た。


『酷い親だね。辛いなら僕が聞いてあげるよ』


 思わずケータイを布団に放り投げる。なんなの。なんで知ってるの。怖い。どうすればいいかわからない。オネエ様に言えなかった。言うのが怖い。


私は震える身体を抱き締めるように、三角座りをして震えが収まるのを待った。



 次の日になって、あの公園へ向かった。この場所が、私達の場所になったのだ。厳密に言えばそうではないのだけれど。ここに偶然たどり着いて、出逢ったんだよね。ここに来なければ私は──


「やっほ〜!」


「オネエ様!」


 今日のオネエ様は髪を下ろして前髪を真ん中で分けていて、ふんわり外ハネにしている。肩につくくらいの長さだったんだ。長い髪が似合うなんて本当に綺麗な人。


オネエ様はお腹を出すのがお気に入りみたい。綺麗な腹筋だもん。お腹までもが芸術のようだ。少し寒そうにも見えるけれど、オシャレは我慢……なんて言うし。


「昨日よりいい顔してるわ」


「き、昨日は泣いてくしゃくしゃだったから……」


「泣いた顔も素敵だったけど、沙蘭ちゃんは笑った顔が1番素敵よ」


「ありがとうございます、オネエ様も本当に素敵です!」


「ふふ、ありがとう」


 カラコンしてないんだ。焦げ茶色で普通の色。どんな色でもオネエ様はオネエ様だ。目の色というより、なんだか生き生きとしたその瞳が美しい。


「そうだ。オネエ様は恋人って居ますか?」


「居ないわよ。どうして?」


「少し気になって。オネエ様の隣を歩くくらいの人はどれだけ素敵なのかなって」


「もぉ〜口が上手いんだから」


「オネエ様の恋愛対象は男性ですよね?」


「言っておいた方が良いわよね。アタシね、ちょっと変わってて……性別で決めないのよ。バイって言えばいいのかしら。だから、男性も女性も好きよ」


「え、そうなんですか……」


「あ! アタシの家に来る? なんて聞いちゃってたけど、これだと余計怖がらせちゃうかしら。大丈夫よ、アタシ簡単に人を好きにならないから」


 そう言ってオネエ様はアタフタと私を安心させる言葉を連ねた。


「ふふ、怖いなんて思いませんよ。会って間も無いのに、オネエ様と暮らしてみたいなーなんて思っちゃうくらいだもん」


「あらそれは嬉しいわね。沙蘭ちゃんにとってもいいかもしれないわ。親と離れるのが一番だと思うの」


 私は一人暮らしがしたいけど、今の私には無理だろう。母も無理だと言うから。オネエ様と暮らせるなら、そんないい事はない。家事は頑張るから、何かで役に立ちたい。彼にとってもいいと思えるように。お荷物になってはいけない。


「でも迷惑じゃ……」


「あっ! ダメよ、その言葉禁句」と言われてはっとした私は口を両手で抑える。それを見たオネエ様は可笑しそうに笑った。目尻が下がって可愛いな。


「オネエ様は今一人暮らしなんですよね?」


「そうよ。ここから歩いて5分もかからないくらいかしら」


「今度行ってもいいですか?」


「良いわよ。今からでもいいけどどうする?」


「え、行きたいです!」


「わかったわ。行きましょ?」と言ってオネエ様は私の手を取り、優しく握った。人と手を繋ぐのはいつぶりだろう。こんなにも嬉しいものなのだろうか。待って、今気付いたけど同じ白い服。


なんだかおそろコーデみたいになってる。少し嬉しいけど恥ずかしい。


「ね、アタシ達おそろコーデみたいじゃなぁい?」


「え! 私もそれ考えてました」


「ふふ、考えてることまで同じなのね。ワンピース、素敵よ。似合ってる」


「ありがとうございます。オネエ様の隣に相応しいかなって」


「そんなの気にしなくていいのよ。自分の好きな服を着ればいいの」


「これ、お気に入りなんです」


「それならいいんじゃないかしら」


 オネエ様はいつも私を尊重してくれて、本当に優しい人だ。きっと皆に愛されて幸せに生きてきたのだろう。私とは全然違う世界が見えているのだろうか。オネエ様の見る素敵な世界が見てみたいと思う。隣にいれば、いつかこの小さな夢が叶うだろうか。



「着いたわよ。ここがアタシの住むマンション」


 目の前にはベージュ色の大きいマンションがあった。オートロックで立派な建物だなー。オネエ様が住むのは、最上階の三階を押して着いた先の、端の部屋だった。木のような模様をした鉄の玄関扉をガチャッと開けて「レディファーストよ」と言われて先に入る。

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