第24話 訪問者


 オネエ様が起きてきて、一緒に朝ごはんを食べた。玄関呼び出しの音が鳴り、受話器を取る。


 相手は母だった。


 なんで?


 年初め早々最悪だ。帰ってもらうように言ったが、入れて貰えるまで帰らないと言われた。どうしたものか……悩んでいるとオネエ様が話しかけてきた。


 親が来ていることを伝えると、ずっと放っておく訳にはいかないので入れることになった。


 暫くすると呼び鈴が鳴り、オネエ様が玄関のドアを開けてくれた。母は笑顔で「失礼してもいいかしら」とオネエ様に問う。「どうぞ」とオネエ様も丁寧にドアを開け放ち、母が入ってきた。


「何しに来たの? ここまで来るなんて……しかも年初め早々に。もうやめてよ」


「何よ。母親が来てなにか悪いかしら? ずっと私を無視し続けて……大事なイベント事の時も帰ってこないなんて。親不孝者にも程があるわ。私がここまでしないといけないのは、貴方のせいなのよ? 全く……それでこんな……大人の男性と二人暮しなんて、はしたない」


「お母様、失礼ですが……彼女は立派な大人です。いい加減子離れするべきではないですか?」


「貴方……部外者のくせに口出ししないでちょうだい!! これは家族の問題です。いきなり連れ出して……貴方も貴方ですよ。この子に変なことを吹き込んだに違いないわ!


 私がきっちり教育し直さないといけませんから。ただでさえ出来損ないのダメ人間なのに……本当、どれだけお母さんが辛いかわかる?!


 今まで何不自由なく暮らしていたのに、罪悪感も何もないの? この……バカ娘!!」




 バチンッと頬を叩かれたのは、オネエ様だった。咄嗟に庇ってくれたのだ。母が目を見開く。ああ、私のせいで……いや違う。この最悪な母親のせいだ!


 フツフツと怒りが込み上げてきた。母の頬をバチンと叩く。


 母は「やりやがったわね!!」と叫び、私の髪を掴もうとする。


 オネエ様がガッと母の腕を掴み、「お止め下さい」と凛とした表情で言い放つ。


 すると母は私の腕を掴んでいた手を離した。オネエ様が掴む手を振り払おうとするが、男性の力に勝てる訳がなかった。


 真っ直ぐ伸ばされていた腕が肘を曲げ、母の顔の横でギリギリと強い力が込められる。


 痛みで顔を歪め、「離しなさい」と睨みをきかすもオネエ様は怖気付くことはなかった。母が空いた片手でオネエ様を打とうとしたが、呆気なく掴まれる。すごい……母がまたもや押されている。かっこいいな。


 私を守ってくれて……胸がドキドキしているのは、こんな状況で、おかしいよね。このまま諦めて帰ってくれないかな。


「今まで貴方は娘さんを苦しめてきました。そんな家に帰す? もう二度と戻りたくないと言っているのに? はっ……貴方は親としての責務を全く果たせていませんよ。


 もう二度と来ないで貰えますか? この痛みは娘さんが感じてきたほんの一部に過ぎません。次はどうなるか分かりませんよ」


 そう言い放ったオネエ様の表情が、とても恐ろしく見えた。どうしてだろうか。彼が怖い。しばらくその状態が続いた後、母の腕から手が離される。


 ドタッと母は腰を抜かして尻もちをついた。そのままバタバタと手足をバタつかせ玄関を目指して這って行った。


 なんとも滑稽な姿だ。あんなに恐ろしく見えていた母がみっともなく倒れている。腰が抜けて立てないようだ。私はただ何もせずにそれを見ていた。



 オネエ様が私を抱きしめる。


「怖がらせてごめんなさいね」

 と耳元で囁く。


 母をあのまま殺すのではないかと思った。そんな目をしていた。オネエ様の肩越しに見る母はやっとのことで立ち上がり、そのまま逃げて行った。


 オネエ様の顔を見る。いつものオネエ様に戻っている……良かった。私のために怒ってくれたんだもん。怖いなんて思っちゃいけない。


 早くここから離れて、私たちの邪魔をする者が居なくなりますように。オネエ様の薄い唇に目を向ける。このまま口付けたら……いけない。


 そろそろ理解して欲しい。自分を制御するのはこんなに大変なのか。好きだという気持ちは本能だ。抗うのは……苦しいな。





 日の出を見に行く前日の夜、いつもより早めに寝ることになった。三時半に家を出ないといけないので、かなり早起きになる。オネエ様は朝が苦手だから、ソファで寝るらしい。


 今日は睡眠薬を早くに飲んで二十一時に布団へ入る。眠れるようになって、薬も弱いものに変わっていき今は朝も起きることができる。オネエ様を起こすことが出来るから楽しみだ。寝顔が見られるから。荷物の準備は終わらせたし、服も決めた。メイクはほとんどせずに行くし、準備の時間はそんなに無いだろう。寝転んで何も考えずに深呼吸をすると、あっという間に眠りについた。


 私はいつも朝のアラームが鳴ってすぐに目が覚める。顔を洗って歯を磨き、ソファへと向かった。オネエ様の規則正しい寝息が聞こえる。カーテンを開けるがまだ暗い。寝顔を見てから起こすの。足音を立てないように近付いて、顔を覗き込む。


 丁度テレビの方を向いて寝ているからよく見える。しゃがみ込んでまじまじと見つめる。本当に綺麗な顔だ。寝ている間も美しい。写真に残したいとふと思ってしまった。


 無音で撮れて盛れるカメラを起動し、一枚撮影する。暗いからあまり見えないけれど、いいものが撮れた。オネエ様には内緒だ。



 誰にも見せたくない。サラサラの髪に触れる。そろそろ起こさないとだよね。名残惜しいけど、そろそろ三時だし。


 するとオネエ様がかけたアラームが鳴った。


 いつもよりかなり音が小さい。スマホが後ろのテーブル上で震えている。


 オネエ様の肩をトントン叩くが「う〜ん……」と眉間に皺を寄せるだけ。何度もオネエ様と呼んで、さっきより強めで叩いても起きない。


「めちゃくちゃ身体揺らしていいからね! 結構大きめの声で呼んで揺らしてくれたら、起きると思うわっ!」

 なんて言われていたな。


 やはりそこまでしないと起きないか……仕方ない。ゆさゆさ身体を揺らして、耳の近くで呼んでみる。やっと目が薄っすら開いて、ムクっと身体を起こす。


「もう三時……? ありがと」と掠れた声で呟き、フラフラと洗面所へ消えていった。朝のパンを焼いて待っていよう。



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