第27話 寂しいよ

「川瀬は……怖くねぇの?」


「誰かわかったから。あと、大切な人と一緒なら平気」


「そっか。はは、川瀬が羨ましいわ。俺にもそんな奴がいたらな……ってすまん。こんなこと言うのガラじゃねぇよな」


「東宮くん、ガラじゃないとか関係ないよ。心を開いてみたら、案外相手も開いてくれるかもよ? 東宮くんなら大丈夫だよ。絶対」


「……ありがと。凄いな、川瀬。輝いてる」


「東宮くんはずーっと輝いてたよ。たまには休んでもいいんじゃないかな……なんて」


「俺が慰められてどうすんだよ……情けねぇ。弟のことは任せてくれ。ちゃんと話つけてくっから。次会う時までに」


「うん、頼りにしてるね」


 私なんかがアドバイスしちゃったのに、東宮くんは『ありがとう』なんて……変なの。太陽のように明るい人が、私を『輝いてる』と言った。ミルクティーがいつもより美味しく感じる。東宮くんも、私に『嬉しい』をくれる。私もあげたい。あげられるかな。東宮くんが心をさらけ出せる人は、私しかいないのかもしれない。


 これは優越感だろうか。人気者の唯一の存在になれた。私がだよ? おかしいよ。なんで私なんかにそこまでしちゃうかなぁ。貴方の辛さを受け止められる余裕はまだないよ。だから早く、他の人を見つけてね。


 私を心から必要としてくれて、特別に思ってくれるのは一人だけでいいの……ってあれ? おかしいな。自分から離れておいて何を……もうわかんないよ。私はどうしたいの? 矛盾してるよ。依存したくないのに、されたいの。でも仕事に集中して欲しい……意味がわからない。



 東宮くんはオネエ様のことを知りたがった。どうやって出逢ったのか、どんな人か。私は自慢出来るのが嬉しくてベラベラ話し込んでしまった。東宮くんは優しいから、うんうんと頷いて真っ直ぐ目を見て聞いてくれた。私は自ら彼を遠ざけていた事に気が付いた。こんなに話しやすいのに、失礼だったよね。


 ストーカーの件がなければ、こんな事にはなっていなかっただろう。人生とは本当に不思議だと思う。何度も何度も思い知らされる。東宮くんは大学でも仲の良い友達が出来て、今でもよく会っているらしい。会社も仕事を任されることが多く、楽しく働いているって。


 そんな順風満帆に見える彼は、心を開く勇気が出なくて悩んでいる。宝の持ち腐れだよ。一生懸命頑張る眩しい人に寄ってくるのも、素晴らしいのだから。それに気付いていないのか、ただ怖気付いているだけなのかは分からない。本人にしか分からないと思う。自分に問い続けるしかないのだ。私も今、それを頑張っているところ。


 時間がかかってもいい。自分を受け入れて、抱き締められるようになれればゴールだ。いや、スタートかも。時間はいつも通り過ぎていくのに、とても短く感じた。いつの間にか氷で薄まってしまったミルクティーを飲み干し、店を出る。


 奢ってもらうのがなんだか照れくさかった。お礼を言うと、『そんなの当たり前だけど』みたいな表情で、モテるだろうなと思う。高校時代は人気者同士で付き合っていたから有名だったなーなんて思い出した。今はどうなのだろうか。私と二人で会って大丈夫かな。


 今更そんなことを気にしても仕方がないだろうけど、修羅場はやめて欲しい。別れ間際に彼女がいるか聞くと、いないと言われてホッとした。


 一時間程歩いて家を目指す。メッセージを受信する音が聞こえて確認すると、薫くんだった。『沙蘭さんが電車に乗れるようになったら、お出かけしましょうね』だって。


 優しいな。いつもその辺で歩きながら話すだけだし、つまらないのではないかと思う。それなのに文句一つ言わずに付き合ってくれる。


 近くに川はあるし、スーパーや百均もあるけれど……何度も同じ場所へ行っても飽きてしまうだろう。正直私は歩くのが好きだし、そうすると顔をそこまで見なくていいから楽だ。


 薫くんも散歩は楽しいと言ってくれたが、本心はわからない。気を遣ってくれただけかもしれないし。歳下に気を遣わせるなんて情けないな。実はこの間昼ごはんを食べないか誘た。何だかんだでまだ行けていないし、薫くんと電車でどこかへ行くのもいいかもしれない。日程を決めておかなければ。



 家に着いた私は、静かに玄関を開けて物音を立てないよう歩く。まだ仕事してるよね……と思ったが、キッチン横のテーブルにオネエ様が座っていた。あれ、もう終わったのかな。少し浮かない表情で「おかえり」と言われたので「ただいま」と返す。仕事が終わったのか聞くと、調子が出ないから切り上げたとのことだ。どうしてだろうか。私は隣に座って元気がない理由を聞いてみた。



「沙蘭ちゃんは外に出る方が楽しい?」


「えっと……どっちも同じくらい楽しいです」


「たまに壁を感じるのはどうしてかしら。頼ってもらえてると思っていたのに……最近よく分からなくなったわ」


「そんなつもりじゃ」


「友達が出来て楽しそうにしてるのはアタシもとっても嬉しいわ。なのに、素直に喜べないの……アタシって本当に面倒臭い人間よねぇ〜……」


「私……依存するのが怖いんです。オネエ様が居なくなったら壊れてしまう。嫌われたくない、足枷になりたくないんです。私のために時間を割いてもらいすぎたから、そろそろ自立しないとダメなんです」


「足枷になんかなってない……アンタのお陰で仕事も捗ったのよ。今は悩んで気が散って……戻ってきて欲しいのよ。アタシを頼ってよぉ〜っ!」



 遂にオネエ様の目から大粒の涙が溢れ出る。何度も何度も拭っているけれど、止まる様子はない。私のせいで泣かせてしまった。私が良かれと思ってやっていたことが……ああ。東宮くん。気持ちがわかったよ。こんなに胸が苦しいの? 私の目からも滝のように涙が流れ出る。


 私が椅子から降りると、オネエ様は椅子を私の方へ向けた。少し私の方が高くなってギュッと抱きしめ合い、肩に顔を埋められる。久々に嗅いだ強いオネエ様の香りが私をより辛くさせた。貴方も寂しかったの? 私と出逢う前はどう過ごしていたのだろうか。優しくしてくれるのは私を必要としているからだといいな。


 これからはもっと一緒に居られるの? 頼って欲しいなんて言われて我慢できなくなったらどうすればいいのかな。何処まで頼るべきなのか、わからない。普通の距離感がわからないの。皆の思う感覚とは違うんだと思う。当たり前に察することが出来ないんだよ。


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