第26話 ストーカーの正体

 内見の日が来て、引っ越す予定の物件をオネエ様と見に行く。向かったのは千葉県の鎌ヶ谷市という所だ。相模原市より少しだけ東京から近い。新宿まで車で1時間半ほどの所だ。


 ついに私は初めて神奈川県から出て暮らすことになる。鎌ヶ谷市は千葉県の北西部に位置し、地盤が強く揺れにくい街として有名だ。南海トラフがいつ起こるか分からない今、地震や津波の被害を考えると比較的安心だ。治安もよく静かに暮らすにはもってこいの場所である。


 自然がいっぱいで農地も多いところも魅力的だ。車で二時間かかるが、九十九里浜は青い海に白い砂浜が広がる美しい浜だそうだ。そんな素敵な場所に移り住むことができる。三件の物件を周り、住む部屋が決まった。来月ここへ引っ越すんだ。


 実際に見ると実感する。楽しみだ。ここでゆっくり過ごせたらいいな。



 一月が終わりを迎え始めた。一月に入ってから、オネエ様と一線を越えまいと必死になっている。なるべく触れないよう、今までより距離をとった。オネエ様が哀しむだろうとわかっているが、私を抑えることの方が重要なのだ。



 基本日中は外へ出て、走りに行ったり散歩したり、近くのスーパーなどで時間を潰す。夜は二人で映画などを鑑賞してたわいもない話をする。といってもほとんど自分の時間をそれぞれ過ごすことが多い。映画を見るとなると、集中力がいるし拘束時間も長いから。


 最近私ははアプリで漫画を読むのにハマっているため、スマホばかり見ている。何も考えずに読めるから、あっという間に時間が過ぎるのだ。たまに見る映画はお互いに好きなジャンルが違うので、その時々でどちらかが選んだものを鑑賞する。自分が選ばないようなのを見るのも案外楽しい。新しい発見がある。そうやってできるだけ、今まで通り過ごしているつもりだ。



 どこか壁を作っている感じがするだろうし、オネエ様も時折悲しそうな顔をする。その度に胸がチクチク痛む。何年も恋をしていなかったから、過去の私がどう乗り越えたのか忘れてしまった。




 今日は東宮くんに会う。約束の場所は、チェーン店のカフェ。話をするのに丁度いい騒がしさだ。静かすぎると話しづらいから。オシャレすぎると長居できないし、彼の提案はとても良かった。


 カランカラン……と扉が開き、東宮くんが見える。私は先に席へ着いていて「待った?」と爽やかな笑顔を向けられる。


「ちょっとだけ」と言うと、「ごめん」なんて真剣な眼差しを向けてきた。私が約束の時間より早く来ただけなんだよね。優しいな、東宮くんも。


 私は先にミルクティーを頼んでいたから、私は東宮くんが注文をする所をただ見ていた。何もかも爽やかだな……あれ、何を話せばいいんだっけ。オネエ様や愛奈ちゃん、薫くんとは上手く話せていたはず。いや、違う。皆私の痛みを聞いてくれて、自分の深いところを話してくれたからだ。変われたんだと思っていたのは、勘違いだったんだ。どうしよう。


『最近どう?』なんて、そんな親しくもないのにおかしいよね。天気のことは……言っても会話終わりそうだし、寒くなったことも一緒! あーもう! 自分ってばボキャブラリー無さすぎじゃん。


「川瀬、この間はごめん……変だったよな。俺……完全に」


「ううん。何か知ってるの?」


「ストーカーとか……されてないか?」


「され……てます」


「やっぱり……マジでごめん。心当たりしかねぇ。俺の弟のこと知ってたっけ」


「えと……弟いたんだ」


 どういうこと? 東宮くんの弟が何? 聞くのが怖い。知ってて方って置いたの? 一人で出かけるなってだけ伝えたつもりで、私を助けたって……思ってるなら……中途半端に助言なんてしないでよ。所詮他人なんだ。罪悪感のために今私を呼び出して……ああ、私はなんてことを。


「弟、ちいせぇ頃から虐められててさ。あいつ可愛い顔してて弱々しくて、それで……その度に俺が助けてたんだけどよ……そのせいで塞ぎ込んだみたいで。お節介だったらしくてさ。高校生になってからニートになったんだ。


 通信制の学校にして、ずっと部屋に引きこもって出てこなくなった。そんで……同窓会のあと、俺のSNSの写真みてメッセージして来てさ。この子誰って聞いてきたのが川瀬だった……はぁ。俺、こういうこと打ち明けんの初めてでさ。緊張する……ごめん。ちゃんと話すから」



 丁度注文されていたコーヒーが届いて、一息つく。また私は人の事を決めつけて……情けない。何があったのかちゃんと聞こう。全部、全部全部全部全部……聞いてから考えよう。東宮くんは勇気を出して話してくれているんだ。眩しい人だけど、心の深いところを話す相手がいないのかな。眩しいなりに大変なんだ。


 一生懸命やっていた事が、その人を苦しめていたと知ったら……私なら、どうだろうか。辛くて辛くて、自分が許せなくなるかもしれない。助ける勇気も無くなっちゃって、優しくする事が怖くなるかも。東宮くんは眉間に皺を寄せ手をぎゅっと握っている。いつも目を合わせて話してくれる彼が、コーヒーを見つめて離さない。苦手だった彼の知らないところを見た私は、彼から目が離せない。



「それで……川瀬のこと可愛いって言って、好きになったっぽくて。会ったこともねぇし、何にも知らねぇのに……理解できなかった。なるべく実家に帰ってきて様子を見てたんだけど、数ヶ月ぶりに帰ったら部屋からブツブツなんか言ってたんだ。


 耳を澄ましてみたら、お姫様とか何とか……川瀬の名前呼んだりしてたから、なんかヤバくね? ってなって、ほぼ力ずくでドア開けたら……盗撮写真がそこら中に貼ってあって……川瀬の。


 俺初めて怒鳴って本気で怒ったんだ。メッセージ送り付けたり、電話掛けまくったりしたんだろ?」


「うん、された。多分私の部屋に盗聴器か何か付けてたのかも。親のこととか、知ってるみたいだった」


「まじかよ……そこまでしてるなんて、思ってなかった。次やったら警察に通報するって言って、今精神科に通わせてる。


 最近ちょっとずつ身なりも整ってきて、外に出れるようになったし……大丈夫かなって思いながら、川瀬のことが心配で、居ても立ってもいられなくて。遅くなってごめん」


「あのね、最近メッセージとか無くなったんだけど……急に会いに来てさ。『僕が助けてあげる』って言ってきたの」


「……は? まじか……全然良くねぇじゃん。今から警察に……!」


「いいの。被害届出したよ。それから今の所何も起きてない。なにか起きる前に止められたら、それでいいの。弟くんにちゃんと言っておいてほしい。あ、そうだ。連れてきてくれるかな? 私今二人暮ししてるの。その人は私の人生で一番大切な人なんだよね。その人と東宮くんと、4人で話し合いたい。どうかな?」


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