第28話 初めてのバー

 久々に泣いたな。オネエ様の涙を初めて見た。美しい人の涙はとても美しかった。泣き腫らして赤くなった目元にキスを落としたくなる。一線を越えてはいけない。自分にそう言い聞かせる。


 好きになっちゃいけなかったんだから。泣き止んだオネエ様は「ごめんなさいね」と小さく言った。私のせいなのに、謝らないで。



「オネエ様を苦しめてしまったのが辛いです。距離感がわからなくて、どこまで頼っていいのか……頼りすぎてしまえば嫌われると思うと怖くて」


「アンタを嫌いになるはずないじゃない。全部頼って欲しいの。沙蘭ちゃんの一番で居たい」


「もう一番大切な人になってます。オネエ様が居なくなるなんて考えられません。ずっと一緒に居たい……重いですよね」


「それを言うならアタシ達お似合いじゃない? 重くていいのよ。人は1人で生きていけないんだから」


「そうかもしれませんね……許してくれますか?」


「許すも何も、怒ってないわよ。寂しかっただけ……明日久々にお出かけしましょ?」


 今日あった事をオネエ様に話すと、了承してくれた。私が誰と会っているのか気になっていたみたい。嬉しいな。もっと私の事で頭をいっぱいにして欲しい……ってまた自分は本当に、どうしようもない人間だ。


 何故こんなことを考えてしまうのか。駄目だと思う程にこんな考えが巡ってしまうような気がする。フラッシュバックでもそうだけど、過去を思い出してしまうことは悪いことだと思ってはいけない。そうすることで、さらに悪化してしまうのだ。主治医に教えて貰ってわかった。自分のことでさえ思い通りにいかないなんて。



 明日家でお昼ご飯を食べてカラオケに行く。その後また家に帰って夕食を食べる。食べ終わってゆっくりして、オネエ様がいつも行っていた新宿二丁目のバーへ連れて行ってもらうことになった。


 私と暮らし始めてから行っていなかったらしい。オネエ様の友達が集まってくれるみたい。遂に私は紹介されるんだ。彼の大切な人に会えるんだ。夜更かしは辛いけれど、その為なら私は頑張る。いい印象を持ってもらわないと。バーなんて行ったことがないし、緊張するなぁ。お酒を飲む場所というと、居酒屋くらいしかない。初めての体験がオネエ様とできるなんて。




 次の日になって、二人でカラオケ店へ。オネエ様は珍しくすっぴんだ。夜が本番だかららしい。私はメイクした姿も、この姿も両方大好きだ。カラオケは予約していたから受付は通さずにそのまま部屋に入った。


 別々のソファへ座って荷物を置いてジュースを入れに行く。白ぶどうのジュースが美味しいんだよね。部屋へ戻り、オネエ様が先に歌ってくれることになった。私は久々だし、オネエ様とのカラオケは初めて。どんな歌をどんな声で歌うのか、上手いのか下手なのか。


 私は本当に平均って感じだから、自信がない。そんなの関係ないだろうけどきっとオネエ様は歌も上手いんだろうな。流れ始めた曲は有名で少し懐かしいものだった。


 元気な歌を優しい声で楽しそうに歌い始めた。いつもオネエ様の鼻歌を聞いていたから、イメージ通りだ。上手に歌わなければとプレッシャーだったが、そんなの関係ないんだと思えた。私も続いて流行りの曲を歌うと、私より楽しそうに曲にノッて時折一緒に歌ってくれた。カラオケってこんなに楽しいものなんだ。



 それからお互い知っている曲を二人で歌って数時間を過ごした。家に帰って夕食を食べて、オネエ様は気合を入れてメイクをし始めた。オネエ様は女性にも男性にもなれるのだ。今日はバーに行くから女性の格好で行くらしい。外国風に派手なアイメイクをして、ウィッグをつける。銀色の長い髪に変身した。背が高い上に綺麗だから、目立つし周囲の視線が釘付けになるだろう。オネエ様は本当にどんな格好をしても様になる。



 出発の時間になり、車で新宿二丁目へ向かった。バーの中へ入ると、カウンターの向こう側に立っている人が「と〜ば〜り〜いらっしゃぁぁああい!!」と叫んだ。掠れた声が大きく響く。



 中を進んでいくと、お客さんたちもオネエ様に話しかけている。「一体どこで何してたのよ〜」と久しぶりに会えて嬉しそうに次々と。


 声を張らないと聞こえないくらい騒がしくて、私は本当にバーに居るんだと肌で感じる。私の憧れのオネエ様たちが集まっている。


 派手な見た目をしていたり、どこにでも居るような男性もいる。『オネエ』と呼ばれる方たちは、口調や仕草が特徴的だ。オネエ口調で話すことを『ホゲる』という。仕草は『手ホゲ』なんて言ったりする。


 周りに帷オネエ様しかいなかったから、不思議な感じ。テンションが高くて上品なところもあって、色っぽくて綺麗だ。自分を認めてさらけ出している姿がかっこいい。


「みんなぁ〜!! こちら、可愛い可愛い大親友の沙蘭ちゃんよぉ! アタシたちオネエが憧れの存在らしいの。皆仲良くして頂戴ねぇ!」


「よ、よろしくお願いします!」



 緊張で少し声が裏返ってしまった。恥ずかしくて俯くと、私の肩を掴んで「大丈夫よ」と耳元で呟かれる。ち、近い……顔が熱い。周りのオネエ様たちは「よろしくねぇ〜」と明るく声を掛けてくれる。


 空いていたカウンターに横並びで座る。オネエ様が左側に。右横には女性が座っている。女の人もこういう所に一人で来るんだ。注文はどうするか聞かれて、甘めで弱いお酒をお願いした。オネエ様はずいっと顔を近づけて「この子紹介するわ! 元男なの」と言った。


「そう。元男のももだよ! よろしく〜っ。恋愛対象は男だから安心してね。帷久々なんだし、皆と話してきなよ。ウチ沙蘭ちゃんと話しとくからさ〜っ」


「行ってきてください! 私のことは気にせずに」


「でも……」


「いいから!」


「私も、ももさんと話したいので!」


「え〜そう? わかったわよぉ〜……後で戻ってくるからね?」



 行ってしまった……というよりは行かせてしまったと言うべきだろうか。私のせいで来れていなかったのだから当然のことだ。オネエ様がここでどんな風に過ごしていたのかも見たかったし。それでも離れていくのが寂しかったというのが本音だ。我ながら面倒臭い人間だと思う。



 ももさんはどういう人なのだろうか。今は話すことに集中しよう。ももさんは茶髪ロングで目の上くらいの前髪を右に流している。大人っぽいと言うより可愛い系の服装だ。ふわふわのニットに短いプリーツスカートから覗く足が白くて細い。お酒が出されて飲んでみると、ミルクの味がした。「カルーアミルクだねっ」とももさんが教えてくれて、初めて飲んだけど美味しい。お酒じゃないみたい。

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