3章

第22話 再び


 薫くんと会って一緒に散歩をするのが楽しみの一つになった。今日も会う約束をして、姥川近くで待ち合わせる。


 すっかり私は信頼してしまって、オネエ様のことはほとんど話した。恋をしていることは言っていないけれど。


 彼氏は居るのか、好きなタイプはどんな人かなど、細かく聞いてきた。


 薫くんなら素敵な恋人が出来ると思う。わざと全然違うタイプの好みを言って、『貴方と恋はしないよ』と伝えたつもりだ。


 大学生なんだし、綺麗な女性なんてそこら中にいるだろう。私が大学生の時は、誰かの彼氏を奪ったとか言われたっけ。


 私からすれば全然興味がなかったのだが、向こうが勝手に私を好きになったらしい。そういうことが度々あって、揉め事に巻き込まれたな。


 私は好きでもない人に好かれやすいのだ。皆に合わせてヘラヘラ笑って、誰に対しても平等に接する。それが私だった。今もそうなのかもしれない。


 一部の人から嫌がらせを受けることもあったが、一人の友達が守ってくれた。


 今どうしてるかな。卒業してから会っていない。連絡もとっていないし、送るタイミングを見失ってしまった。


 クリスマスが近付いてきて、今まで家族で過ごしてきた思い出しかなかったけれど、二人でホームパーティーをする。


 そのためにこれまで色々準備してきた。愛奈ちゃんも来て欲しかったが、こういうイベントの時は仕事を頑張らないといけないらしい。そのため、愛奈ちゃんのスケジュールが落ち着いたら交えて行う予定だ。



 最近オネエ様も運動したいとのことで、ランニングを始めた。オネエ様はパソコン作業がほとんどなので、目が疲れるし、ぶっ通しでやると集中力が切れてしまう。


 そんな時にランニングするとリセットされるというわけだ。私も体力をつけたかったので、タイミングが合えば二人で軽く運動をする。


 今日は朝から走りたくなって、一人で外へ出た。びゅーっと風が吹き、身震いする。汗をかくとこの位の薄着で充分だから、早速私は走り出した。


 生活リズムを整えることも治療の一つだ。だから朝走るのが一番いいと思う。早起きすると得をした気分になるし、余計に気持ちがいい。


 オネエ様にも味わって欲しいが、あの寝起きの悪さを考えると難しいだろう。起きたあとすごく眠そうにしているし、私が睡眠薬を飲み始めた時のようだった。



 あの眠気の抜けなさと怠さで走るなんて、到底出来やしない。そろそろ帰ろうかとぐるっと回り道をすると、車に乗った母に話しかけられる。


「ちょっと、沙蘭ちゃん!」


 またか……こんな街中で会ったとしても、怒鳴ることは出来ないだろうに。


 今回は何を言いに来たのだろうか。肩にかけたタオルで額の汗を拭きながら何の用か聞いた。怒るだろうと思っていたが、案外ケロッとしている。


「これを、渡しにきただけよ。ちょっと待ってね」


 助手席に置いているカバンから、何やらゴソゴソと取り出そうとしている。プレゼントなんて十年以上貰っていないし、今日は私の誕生日とは全然関係ない日だ。


「はい、これ」


 出てきたのはおかずの作り置きとスイートポテトだった。健康なものを食べていない様子だからと言ってきた。私が太ったからだろうか。


 ちゃんと自炊をして、健康的に好きなものを食べているだけなのに。またそうやって決めつけるのか。なんだか母が作ったのだと考えると吐き気がした。


 美味しい物なはずなのに、食べたくないと思ったのだ。


「いい、要らない。自分で作ってるから」


 母は目の前で涙を流し始めたが、不思議と何も感じなかった。


「ぐすっ……一生懸命育ててきた娘にこんなことをされるなんて」


 はぁ、悲劇のヒロインぶって大袈裟だ。前回の仕返しだろうか。傍から見れば私が悪者だ。呆れた。やり方を変えた訳ね。泣けば許されるとでも思った? もう私は変わったんだよ。


 聞き分けの良かった娘はもう居ない。そろそろ自覚して欲しい。何を言っても意味はないだろう。私は無視して走り始める。


 後ろから母は「貴方はどこまでも冷たいのね」と被害者ヅラで言い放った。バカバカしい。私は何を見せられているのだろうか。とんだ茶番だ。


 嫌われたくなくて必死だったのがバカみたい。昔の自分を客観視すると、なかなかに滑稽だ。もう私は戻らない。絶対に。



 家に帰ると、さっきの出来事をオネエ様に報告した。


「ねぇ、どこかへ引っ越さない? アタシの仕事は場所を選ばないから、好きな所に行きましょっ?」


「引越しって色々準備が大変なイメージがあって……勇気が出ないというか」


「経験あるから教えられるわよ? それに、少しずつやっていけばいいし!」


「そうなんですか、なら……」


 するなら私が復職するまでがいいよね。転職となると大変だが、私の為にそこまでする必要はあるのだろうか。準備とお金もかかる。



 ああそうか。引越し費用は私が払えばいいのか。オネエ様にそれを提案すると、なかなか了承してくれなかった。私よりずっと稼いでいるのはオネエ様だから、なんて事ないと言う。


 それはわかっている。私もここで折れるつもりはない。


 散々話し合って、結局半分ずつ払うことになった。こうなったら探すのは主に私がすればいい。そうと決まれば早速調べてみるか。


 愛奈ちゃんと会えなくなるのは寂しいから、東京に近い場所がいい。ネットで調べて良さそうな物件があれば二人で見に行こう。そうしてここを離れる計画が始まった。



 クリスマスの日が来て、鳥の丸ごと焼きとピザとケーキを準備した。早めに買って冷凍しておいたから冷凍庫がパンパンで大変だったけれど、安く済んだから得をしたと思う。


 ピザはせっかくだし生地からパン焼き器で焼いて作った。ケーキも全部手作り。手をベトベトにして頬張る鶏肉が最高だ。ダル着を着てるのに二人してメイクバッチリで、正にホームパーティーって感じがする。


 写真を撮られるのはまだ少し恥ずかしいが、思い出として形で残るのが嬉しい。後から見返すのも幸せなんだよね。こんなに素晴らしいものだなんて知らなかった。


 一日中一緒に過ごすのはいつぶりだろうか。そこまで経っていないはずなのに、すごく久しぶりに思える。この日を噛み締めるんだ。


 依存は駄目。今日が終わったらまた、いつものように戻るんだ。甘えてはいけない。




 ─────────


 作者体調不良のため休載します。カクヨム用に訂正する体力もないので……すみません!!

 新作の執筆も出来ない状態です。復帰すればそちら優先になる可能性あり。カクヨムコンもあるので丁度良かったのかなと……🙇‍♀️

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